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#23 喜多院の五百羅漢【川越市】

川越市の喜多院に行ってきました。
前回行ったのは10年以上前かな?
その時は今ほど歴史に興味はなかったので、ぼや〜っと見てましたが、今回は“徳川家光の誕生の間と春日局の化粧の間、そして五百羅漢を見る“ことにテーマを絞り、しっかりと楽しめました!

川越駅からバスに乗り換え『松江町2丁目』で下車。
ここは、よくメディアなどに紹介される「蔵造りの街並み」のメイン通りから1本外れているので、人通りも空いています。
すでに、バスの車窓から古民家や蔵造りの建物などが見えて、もう大興奮〜!!

さすが川越!日光街道のちょっと寂れた宿場町とは全然違います。
歴史的建造物を街のあちこちで見ることができ、感動しました。

歴史のある旅館だったようですが3年前に閉店したらしい
蔵造りのヘアサロン
昔ながらの建物が通りの随所に見られます
ネットの情報だと営業中のようですが…
喜多院に向かう途中に見つけた大通りに面したお店

川越街道を少し歩いて徒歩10分位で喜多院に到着

平日なので人も空いています
門前通りも歴史を感じる建物が並んでいます
多塔院
鐘楼門

そして、今回の目的の1つ、
『徳川家光の誕生の間』や『春日局の化粧の間』がある書院と客殿。

屋内は撮影禁止だったので、お庭だけ撮影させてもらいました。

戦国時代の武将茶人・小堀遠州のことでしょうね
飛び石は織部打ち

これも武将茶人・古田織部の名前からだと思いますが、飛び石には、歩きやすさに重きを置いた「利休打ち」と、見た目に重きを置いた「織部打ち」があるようです。
ネットでもう少し情報を探してみるとこのような記載がありました。

【造園学の中では有名な、飛石に関する二つの見解があります。
千利休「用を六分 景を四分」
古田織部&小堀遠州「景を六分、用を四分」(千利休の弟子)
飛び石を打つ時に用(歩きやすさ)と景(美しさ)をどの比率で打つべきか、説いています。
実際にこの用と景に対する二つの意見の比較を桂離宮でみることができるそうです。
どちらにしても、飛び石は、茶室にたどり着くまでに、決して、真っすぐではなく曲がりくねり、景色、そして石の並びを楽しませることで、茶室(茶人、亭主)の世界へと誘導しているということです。】
(引用元はこちら⬇️)

いろんなアングルから撮ってみました
3月だったのでちょうど梅が見頃でした
日本家屋と日本庭園、癒されます☺️

そして最も見たかった五百羅漢。
五百羅漢とは仏陀に付き従った500人の弟子。またはそれをかたどった像】(ウィキペディアより引用)

桜のトップシーズンに合わせて職人さんが木の剪定をしており、すべての羅漢様を見ることができなかったのが残念です。
羅漢様たちもだいぶ老朽化により傷んではいますが、それも歴史を感じて良いのかもしれません。
お顔や姿形がそれぞれ特徴的で、見ていて楽しいです。

阿羅漢。略称して羅漢という。尊敬や施しを受けるに相応しい聖者という意味
どこかで見たことあるようなお顔?
体の中からお釈迦様のお顔?
五百羅漢が見られるのは全国でも数カ所の寺社だけ

これらの羅漢様は、天明2年(1782)から文政8年(1825)の約50年間にわたり建立されたものだそうです。
深夜こっそりと羅漢さまの頭をなでると、一つだけ必ず温かいものがあり、それは亡くなった親の顔に似ているのだという言い伝えも残っています。(公式ホームページより)
確かに見ていて一つ一つの表情も様々で、飽きませんね!

喜多院の門前には天海僧正の像がありました。
喜多院が今の形になったのは、徳川家光の時代だそうですが、家光と親交の深かった天海僧正(享年108歳)は、徳川家康の相談役とも言われていたので、来年の大河ドラマにも登場するかも?

ちなみに、春日局は大河ドラマ「麒麟が来る」の明智光秀の家来でもある(最後のほうに出てきた)斎藤利三の娘だったんですね!
徳川家光と春日局も、大河ドラマは見ていませんが、「大奥」というドラマは見ていたので馴染みはあります。

今回の目的は達成できたのですが、喜多院の近隣には、歴史的価値のありそうな神社仏閣、美術館や博物館、建築物など興味をそそる面白そうなものが溢れてます。

自宅からも遠くない場所なので、ちょこちょこ行ってこよう!
川越でこんなにテンションが上がるのだから、関西方面や名古屋はもっとすごいものが見られるのだろうな〜!と想像しますが、それはもうちょっと先のお楽しみですね。

(この記事は2022年3月16日当時の内容です)


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