見出し画像

#26伊奈氏屋敷跡【歴史散策】

伊奈町散策の最終回。
伊奈町立郷土資料館を出て、伊奈氏屋敷跡に向かいます。

丸山駅近隣の航空写真と、今回の見学地

【前回までのブログはこちら⬇️

この屋敷跡は埼玉県の文化財史跡として指定され、原市沼等の湿地帯に囲まれた島状の台地全体に位置し、広さ東西約350メートル、南北約750メートル。
もともとは、後北条氏の家臣で岩附城主の大田氏の支配下にありましたが、後北条氏が滅び、徳川家康が関東入国した天正19年、伊奈忠次の陣屋となりました。

丸山駅を出るとすぐに案内板が目に入ります

地図アプリで案内された道を歩いていくと、私有地らしきところに入り込んでしまったので少し広い通りに移動。

この先を進んでいくとどうやら民家の畑らしき場所に

人とすれ違うこともないのでマスクを外して歩いていると、植物の匂いが鼻腔に入ってきて心地よく、気分もリラックスします。
何より人のストレスなくゆったりと歩けることが最高!

車道に出ると神社の案内板が
遠くに神社の鳥居が見えたので脇道に入ることにします
浅間神社 こじんまりした小さな神社がありました
屋敷跡に向かって進んでいくとだんだん緑が深くなってきます
こういった案内板が所々に立っています

東側散策路は、あまり手付かずの森林のような場所なので、ちょっとビビリな私は入るのをやめてスルー(汗)

二の丸跡に向かって進みます

案内板だけは新しくて立派ですが、はっきりいってあまり期待できるような遺構を見ることはできません(汗)

ほどなくしてまた次の案内板が
この奥が南側散策路ですが、深い森のようで怖いから今回もスルー
(ちなみに前回も入り口のところまで見てスルーしました 汗)

お城跡ではなく陣屋跡ですが、二の丸だけは安心して見られます。

眺望の良い二の丸跡の全景
ここなら少し開けていて、怖がらずに見ることができる場所!
二の丸跡側から南側散策路方向を望む

忠次が死去した後は、筑後守忠政、熊倉忠勝が屋敷を継ぎましたが、忠勝の死後、領地は没収された時期もありました。
最終的には明治維新後、陣屋跡地は民有地となったため陣屋内の区分は分かりませんが、当時を忍ばせる堀や土塁が各所に良好な状態で保存されています。
(参考資料:伊奈氏屋敷跡散策路マップより)

屋敷跡を眺めながら駅に向かって戻ります。

土塁は当時のまま手付かず
ここを曲がると神社ですが、立ち寄りませんでした
何メートルもあるような背の高い立派な木
何年生きてきたのかわかりませんが、ここで先人たちを見守っていたのでしょうね
見通しの悪い曲がりくねった道も敵からの防御のため
随所に土塁のあと
ちなみに私、復元した建物より土塁・堀・石垣 萌え〜!です 笑
屋敷跡の中には一般の人が住んでいるため入れませんが、
長屋塀から屋敷の広さを伺い知ることができます
から堀り跡?
この橋を渡ると丸山駅
ここの右手が多分障子堀跡(現在は埋めている)
こういうコンクリートの塊の建造物も好き!
モノレールがたくさんとまってて楽しいですね〜♡

まとめ

ターミナル駅の大宮からニューシャトルでわずか15分で、まるでタイムスリップしたかのように別世界が現れます。
こんな素敵な閑静で自然の豊かな場所があるとはびっくりです。

歴史が好きな人や、ちょっと異空間に行ってみたい好奇心旺盛な人にはオススメですが、あくまで城跡ではなく陣屋跡です。

そして復元した建物の遺構等はありません。
天守閣や櫓などの建物が好きな人にとっては、物足りないかもしれませんね。

ただただ、屋敷跡の周りを歩いて空想したり、その時代を生きた人たちへの思いを馳せる・・・
そんな歴史遊びやゆったりした時間が好きな人にとっては、楽しい散策になると思います♪

(2022年5月11日訪問 歩行距離 10539歩 7.1キロ)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?