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揺れ【オカルト】

私の実家は九州のとある山岳地帯に位置し、庭からは近隣の(と言ってもそこそこに離れてはいる)点々と存在する民家を一望出来る。かなりの田舎故にコンビニは勿論、インフラも整っていない。以前は二時間に一本あったバスも不況の影響を受けて更に減便、車頼りの生活が加速していた。然しながら年寄りが多い為、公共交通機関が無くなる事は本当に死活問題だった。


そんな私の実家で起きた不思議な体験だ。


実家はかれこれ築百年以上は経っており、その昔ながらの造りからか意図したのか定かではないが、よく分からない空間がそこかしこに存在した。
押し入れの上、台所の床下、通路と厠の間、二階へ続く階段の裏側。他にも挙げればキリがないくらいに沢山の空間があり、物置にされていたりただただデッドスペースになっている場所もある。小さい頃は兄妹達とかくれんぼする際の隠れ場所として大いに役立てたものだと、帰郷しては母と笑い話にしていた。


私がまだ小学校に上がらないか、上がったかくらいの時、やはり兄妹達とかくれんぼをして遊んでいた。その日もいつもと同じく件の空間に隠れていた。
そこは階段下に作られた隙間の更に一枚奥側、壁板を外した先にあった。 某魔法学校の生徒が住んでいた所を想像して貰えば分かりやすいかもしれない。
偶然壁板が外れて見つけたのだが、小さい私が詰めれば二人入る程思ったよりも広い空間、しかも誰も知らないときている。どうしてこんな造りなのかという疑問よりも先に、最高の隠れ場所を見つけた事に対する興奮が勝っていた。
……トットットット
軽い足音が聞こえる。
トットットット……
想像通り、鬼になった妹は私の隠れている場所の前までしか探さない。

「今日は僕の勝ちだな」とほくそ笑んでいた時だった。

……ミシッ

微かに木の軋む音がした。
勿論の事ながら木造建築で築百年ともなればそこら中が傷んでいるし、家鳴りも時折あった。だから初めは何も考えていなかった。
ただ、もう一度聞こえてきた音がやけに鮮明に聞こえるものだから、普段気にならないこの狭い空間と暗闇を意識してしまった。
こんなに近くで鳴るものなのだろうか?誰かが階段を登る音……しかし鳴るのは間隔を空けて一回ずつ。

ミシッ

ん?……今のは右から聞こえてきた。

ミシッ

今度は左から。

ミシッ……ミシッ、ミシッ

少しずつ間隔が短くなっていく。私は訳が分からなくなり、恐怖を感じ始めた。それでも中に居たのは折角の場所を見つけられたくなかったし、何より怖くなって出てきたなんて思われたくなかったからだ。

子供らしい見栄を張りつつ音の恐怖に耐えていると、ピタッと家が軋む音が止んだ。良かった……暗いだけなら我慢出来る。
息をするのを忘れるくらい緊張していたらしく、緊張を解くように大きく、ふー、と息を吐いた。
もう少ししたら出ていこうかな、そう思った次の瞬間


ガタガタガタガタガタガタガタガタ!!!

と、地震の様な大きな揺れが私を襲った。私は恐怖の余り声が出なかった。
お菓子に付いているおまけが何なのか知りたくて、箱をカラカラと横に揺らして確かめる。それをおまけの代わりに人が入った状態でやる。そんな馬鹿みたいな想像をしてしまうくらいの揺れ方だった。
このままここにいたら死んでしまう!
そう感じた私はなりふり構わず壁板を前に押し倒し、四つん這いでしかも半泣きになりながら隠れていた場所から飛び出した。その勢いのまま玄関を開けて庭まで一目散に走る。本来地震の際にはすぐ外に飛び出すと物が落下してくる可能性があるので危険なのだが、そんな事を考える余裕もやはり無かった。


「・・・・・・あれ?」

徐々に失速して道路一歩手前で立ち止まる。

母が洗濯物を普通に干していた。

あんなに揺れていたのに洗濯物してるなんて、家の中だったから揺れた様に感じただけで外は全然揺れてなかったってこと?
自分の中に生まれた疑問を処理できないでいると、私が開けてきた玄関の扉から妹が飛び出してきた。やっぱり家の中と外じゃ揺れ方が違ったんだな、と胸をなでおろし勝手に納得していたら
「あー! お兄ちゃんなんで外に出てるのー! おうちの中だけって言ったじゃーん! お兄ちゃんの負けだからね!」
そう言ってすぐ引っ込んでしまった。

怖くなって出てきたんじゃない・・・・・・?
念の為母に確認してみる。
「お母さん・・・・・・さっき地震あった?」
「え、そうなの? お母さん全然気づかなかった・・・・・・あ、でも家の中は物が多いし感じやすかったのかもね。怪我はなかった?」
全身に汗はかいてるし涙目だったのを見て私が地震を怖がっていると思ったのだろう、そんな言葉をかけてくれた。半分正解で半分ハズレだったけれど、上手く説明出来そうになかったのでとりあえず「ううん大丈夫」とだけ言って妹を追って家に入った。

台所にいた妹に揺れたかどうか聞いてみる。
「えー、あたしよく分かんない」
とのことだった。四歳にあれこれ聞いても身になる返事が返ってくるはずもない。残るは家のどこかに隠れている兄に聞くしかない。

妹に、私が鬼になるには兄を見つけないとと言い聞かせて探すこと約十分、祖母が使用していた衣装箪笥と天井の隙間に隠れていた。相変わらず変な所に隠れるなぁと感心しつつ、兄にも地震があったかどうか確かめる。これで揺れたと答えれば家の中が若干揺れて、尚且つ偶然私がいた場所がより揺れてしまっただけになる。しかし答えは妹と同じく「分からない」だった。

二人に事情を説明するとそんな事ある訳ない、と馬鹿にされてしまった。自分自身でもおかしいと思うけれども、実際に体験したのだから頭ごなしに否定されるのが悔しかった。違う意味で半泣きの私は、どうにか反論出来ないものかと幼い頭で考えた。

そうだ、あの場所に行けばもう一度体験できるかもしれない!

私は無理やり二人を例の階段下まで連れて行った。


しかし、体験させることはおろか私が居た場所を見せることすら出来なかった。
逃げる際に倒したままにしたはずの板はどこにも無く、どれだけ壁を叩いてもゴツゴツと鈍い音が響くだけで人一人入れる様なスペースも無かった。家中探し回ってもそれらしい場所は見つからない。


散々からかわれた私は、不貞腐れて二人があまり近寄らない祖父の書斎に逃げ込んだ。
祖父は私が当時通っていた小学校で校長先生を務めていたという。「昔の先生」しかも校長というだけあって、思い出話をするだけで三人揃って身震いしてしまう。何年も前に亡くなっているのに今でも怒られている気分になるのは、それだけ祖父が厳格で口調も含め怖い人物だったからだろう。そんな祖父なのにその日だけは泣いている私をすんなりと部屋に入れ、何も言わずに側にいさせてくれた。必要な時以外はあまり話さないとは言え、理由を聞きたくなった。
「・・・・・・どうして怒らないの?」
机に向かったまま祖父が答える。
「なん、怒られたかったんか」
ブンブン首を振る。それを見たのか何と無く察したのか、祖父には珍しく言葉を繋げた。
「悪かこつしてなかなら俺も怒りゃせん。あって(しかし)な、この家ん主はそう思ったかは分からん。このウチん中にはたいぎゃ(大変)間の空いとろうが? そん中ん一つに主は住んどって俺らば見守っとう。だけん代わりにはわいて(掃除する・箒で掃く)やって綺麗かごつすったい。ばってんな、今のもんはそればうっちゃって(忘れて)から、なーん(何も)知らんでいっくやす(壊す)。ウチはしっかしとるけん良かばってんな。ま、だけんて寝床に勝手ん入るのはー怒られても仕方んなか、せからしか(うるさい)ろうが。後で酒でん置いとくんがいっちょか(一番良い)」

話を聞いた後、なんとか母に頼み込んで日本酒を貰い階段下の空間に置いた。翌日見に行くとお酒が空になっており、蒸発したのかそれともその「家の主」なるものが飲み干したのか、私には確かめる術が無かったし確かめようともしなかった。主を怒らせるかもしれないと言うよりは、多分、兄妹達にこれ以上馬鹿にされたくない気持ちがあったからだろうと思う。


この一件はすぐに忘れ去られて、次に思い出したのは中学を卒業後暫くして起きた震災で家が半壊し、建て替えの為に取り壊しが始まった日だった。
祖父は認知症が進行し私達の名前も思い出せなくなっていたが、家の話を理解したのか見届けるといって聞かなかった。


重機が入り、木材の軋み折れる凄まじい音が山間に響き渡る。


ふと、祖父の顔を見やると頬を伝う物があった。そして皺々になった手を合わせ
「大変有難うございました、ゆっくりとお休みください」
そうポツリと呟き、いつもの惚けた顔へと戻った。



新居が建つ前に祖父はこの世を去った。結局家の主が何だったのか、なぜあの時私はそれの寝床に入り込んでしまったのか、ついに知る事は出来なかった。

しかしながら、この体験のおかげで私は建築業に興味を持ち、その道の高校大学へと進学。現在は某建築会社に勤め上司の元で知識と経験を増やす日々だ。

夢は日本原産の木材を使い、百年持つ自分の家を建てる事。
そして、誰にも分からないよう家の何処かにちょっとした空間を作る事。

願わくば「家の主」が居着いてくれればいいなと、そう思う。

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