見出し画像

[同人誌]メイドになる少⼥のためのハンドブック(19世紀メイドマニュアル)  英国メイドの暮らし VOL.3

解説・補足

2022年冬コミ新刊同人誌『英国メイドの暮らし VOL.3』に関する情報です。以下、冒頭部分のみは全員に公開し、同人誌全文は、メンバーシップ/有料マガジン会員に先行公開しています。

同人誌情報

タイトル:メイドになる少⼥のためのハンドブック(19世紀メイドマニュアル)  英国メイドの暮らし VOL.3
発行:2022年12月
値段  :1,000円
サイズ・ページ:A5/184ページ
頒布開始:2022/12/31(土) コミックマーケット101
表紙・裏表紙イラスト:有井エリス様
表紙・裏表紙デザイン:地獄のデストロイ子様

入手方法

委託先:とらのあなメロンブックス
PDF版(700円):技術書展 BOOTH
nodeで読み放題:メンバーシップ

以下、同人誌本文冒頭を抜粋します。

目次

  • 本書概要

  • 本書の方向性について

  • 第1章 翻訳『使用人の振る舞いの書』 小さな家政の女性使用人のためのマナーと服装のヒント集

  • 第2章 翻訳『家事の手引き』 または若い少女が使用人になるためのガイド

  • 第3章 翻訳『家事使用人、その主人および女主人の権利、義務および関係』 使用人向け協会とその利点についての簡単な説明とともに

  • あとがき

本書概要

 英国の家事使用人研究を行う同人誌『英国メイドの暮らし』シリーズ3冊目となる本書は、19世紀に刊行された3冊のメイドに関するマニュアル・ガイド本を翻訳・掲載しています。
 「メイドになる少女のため」に書かれた本が2冊、雇用主となる人たち向けに弁護士が書いた、雇用関係に関わる法律の助言をする本が1冊です。
 この3冊を端的に言えば、次のような紹介となります。

「メイドマナー指導本」
「メイドの業務マニュアル本」
「女主人向け法律ガイド」

 なぜ「メイドになる少女のために」マニュアルがあったのか、何を伝えたいのでしょうか?
 まず、前提として、メイドのなり手になる少女の属する労働者階級の生活様式と、勤め先となる中流階級の生活様式は、物質面でも大きく異なりました。
 メイドの職場には、出身家庭にはない家具、道具、調理器具、食器、衣服などがあり、出される料理も食事の手順もより複雑になりました。多くの道具にはそれぞれ素材に適したクリーニングをしなければなりません。
 物質的な差異だけではなく、階級差がある主人たちと接する際には、気をつけなければならない独自の礼儀作法も存在しました。
 「良い職場で働く」には職務経験が必要です。しかし、誰もが最初は職務経験を持ちません。そこで事前に訓練をすることで、より良い職場で働く機会を得る確率も高まります。
 少女がメイドになるための訓練を学校や救貧院でしてくれることもありました。しかし、勤め先の家庭によって環境も水準も異なるので、十分ではありません。そうした隙間を埋めるために、このような本が出版なされたのでしょうし、初めてメイドを雇う女主人が、何をメイドに要求していいのかを知る側面もあったと思います。
 一般的に、メイドとして就職するルートには、近所の家庭で通いの手伝いをしたり、安価なメイドを育てる前提で受け入れる慈善家や牧師といった家庭を最初の勤め先として訓練を受けたり、訓練してくれる使用人がいる大きな屋敷の下働きから始めたりと、OJTが主流でした。
 こうして少しずつ勤務経験を重ね、より生活環境が優れた勤め先で求められる知識を段階的に積み上げていくことで、かつては勤めに出られなかったような屋敷で働くことも可能になっていきます。

◯第1章:翻訳『使用人の振る舞いの書 小さな家政の女性使用人のためのマナーと服装のヒント集』
 翻訳一冊目のこの本は、主に「立ち居振る舞い」のガイド本です。女主人が自身のマネジメント経験や出会ってきたメイドの失敗事例などを軸に、どのように主人たちと接するべきか、その適切な距離感をアドバイスする内容です。
 本書は6章構成で、「声と話し方」「敬称」「立ち居振る舞い」「テーブルでの給仕」「様々な指示」「服装」を解説します。
 学生に向けた校則のように思える内容も多くあります。家事使用人となる少女たちが働く職場は、それまでと異なる礼儀作法や様式が支配する世界であり、そのルールを、具体例を交えながら丁寧に教えてくれる一冊です。
 「使用人はこれをしてはならない」という当時の規則リストも後世に伝わっていますが、本書は、なぜそうなのか、そういう振る舞いが何を招くなどの解説もあり、よりわかりやすくなっています。

◯第2章:『家事の手引き または若い少女が使用人になるためのガイド』
 翻訳二冊目のこの本は、家事で実際に必要となる掃除方法や食器類の扱い方、料理方法など、具体的な手順やレシピなどが記されています。上述の本が「どのように振る舞うか」という「主人との関係性」にフォーカスするのに対して、こちらは「家事をどう行うのか」という「業務マニュアル」になっています。
 内容を分類すると、「家事使用人の義務」「掃除全般」「給仕」「料理」「ナースメイド(育児)」「看護」「良いマナー」「服装」、それに四人のメイドの実録エピソードが載っています。
 この本の読者が働くと想定される職場は、「同僚がほとんどいない」という、水準としては最低限ですが、雇用主の規模としては最大の職場環境です。
 こうした家庭では女主人から直接家事の指示をされる可能性が高いものの、女主人が適切な水準の訓練を行えるかは微妙でもありました。中流階級の女主人は家事をするべきではないとの規範があり、適切な訓練を受けていないからです。
 勤務経験がない少女がそうした環境でも働けるよう、いつでも仕事の知識を得られる業務マニュアルとして本書は書かれています。
 本書固有の点で言えば、キリスト教的価値観を反映する「聖書の教え」をあちこちに盛り込み、「(従順な)良き使用人」であることを求める点です。実録エピソードも真面目に働けば報われ、不真面目な行動をすれば悪い結果になるという道徳的訓話もあり、精神修養・道徳の書という側面があります。

◯第3章:『家事使用人、その主人および女主人の権利、義務および関係』
 最後の翻訳本は主に「雇用主」に向けて書かれた、メイド雇用に関する法律ガイド本で、弁護士が著者です。家事使用人は奴隷ではなく、転職も自由に行える労働者で、本書は労働者として保護されるべき事項が解説されています。
 内容は、採用から始まり、賃金の発生、紹介状、使用人の犯罪、雇用主や使用人が果たすべき義務などが挙げられます。
 特に重要なのは「紹介状」(リファレンス/キャラクター)に関する法律です。紹介状は家事使用人にとって最も重要で、使用人が転職する際、応募先の雇用主は前職の雇用主が発行するその内容を読み、人物や経歴を知りました。
 人物照会として、現代でも外資系企業などでは、転職希望者に前職の同僚を複数名あげてもらい、その人がどういう人物か、どう働いていたかを問い合わせる習慣がありますが、過去の名残か、それも「リファレンス」と呼ばれています。
 より良い待遇を提供する家庭で働くには「良い紹介状」が不可欠でしたし、貴族や名家の紹介状を得られれば、転職も容易でした。
 一方で、雇用主から紹介状を悪く書かれたり、書いてもらえなかったりと、使用人の転職は困難になり、その人生を破滅させる結果にもなりました。「紹介状」は使用人を従わせる権力の源泉にもなるため、雇用主が「紹介状を書く場合は拒否を記載しないこと」は法律で義務付けられていました。
 本書がユニークなのは法律ガイドに加えて、家事使用人たちを支える訓練学校・互助団体・支援機関を列挙し、家庭外でのレクリエーションや支援を得られるツールを紹介している点です。
 他にも、家事使用人が貯金して将来に備えられるように貯蓄銀行を紹介したり、最後に家事使用人や雇用主に関係する文言がある「聖書」の箇所を載せたりと、実務的な法律家である著者らしく、家庭内・家庭外・将来・心の面にまで配慮した本です。

本書の方向性について

 本書は英国メイド研究歴20年以上の久我真樹が、メイド情報を発表する同人誌です。2000年から活動を始め、これまでに英国貴族の屋敷で働く執事やメイドの仕事を解説するシリーズ『ヴィクトリア朝の暮らし』や、その総集編『英国メイドの世界』などを刊行してきました。
 2020年からは家事使用人研究活動を進化させるため、『英国メイドの暮らし』と題した新シリーズを始め、特に当時の資料の翻訳を中心に、多様な角度から使用人の仕事にフォーカスしています。
 今巻で、3巻目となります。

■英国メイド資料インフラ増強のための研究
 私の研究活動の目標は、日本で英国メイドの知識を広げることです。絵の具の色が増えると表現できる色彩が増えるように、あるいは新しい種類の野菜や果物を提供することで、料理の幅が広がるように。そうした「素材」を作ることが、この同人活動で果たしたいことになります。
 英国メイド研究で実際、体感した方もいると思います。
 かつて「メイド」は「ただのメイド」でした。しかし、英国メイド研究が進むと「ハウスメイド」「キッチンメイド」「ランドリーメイド」など、それまであまり知られることがなかった職業が認識され、それぞれがどんな立場でどんな仕事をしていたのかを、詳しく知ることができるようになりました。
 同じような家事使用人の「フットマン」という言葉も、20年前の創作ではほとんど出てこなかった言葉でしょう。
 私はミステリ作家アガサ・クリスティーの名探偵ポワロ作品が好きですが、それらを含む英国作品の翻訳を読むと、使用人の訳語のブレに気付きます。
 ある作品では家事をするメイドたちを束ねる「ハウスキーパー」を「家政婦」と訳し、別の本ではハウスキーパーの部下の「ハウスメイド」を家政婦としたり、あるいはリーダー的な「ファーストハウスメイド」を「第一女中」(ハウスはどこへ?)と訳したりとされることも見かけました。
 「ハウスキーパー」は今も使われる言葉で、一般的な家事労働者を指す場合もあります。よくその訳語に使われる「家政婦」も、日本では「家政婦紹介所」に代表される、「通いの家事労働者」の意味に吸収されてしまいます。
 「ハウスキーパー」「ファーストハウスメイド」といった言葉が、そのまま通じる状況を広めたいと思い、同人誌を作っています。

■同人誌『英国メイドの暮らし』シリーズの方向性
 私が作る本の中で誰もが最初に読める本としては、講談社から出した『英国メイドの世界』があります。同人誌の『英国メイドの暮らし』シリーズはそこを前提に、商業ベースにはならなそうで、かつ同人ならではといえるマニアックな領域を扱ってきました。
 『英国メイドの暮らし』1巻は、スティルルームメイドという名前の由来になった屋のスティルルーム(蒸留室)と、そこで過去に作られた医薬のレシピやレシピ本の歴史を考察したり、20世紀の家事使用人のなり手不足問題を考察した当時の心理学者の本を翻訳したりしました。
 2巻では、19世紀に「中流階級の主婦のバイブル」となった『ミセス・ビートンの家政読本』のような家政マニュアルの内容の歴史的な変化の考察と、同書の一部翻訳や、19世紀末の家事使用人を雇う人向けガイド本を訳しました。
 こうしたニッチな資料を利用しやすくなったのは、英国の16-19世紀に刊行された家事マニュアルや家政マネジメントといった本が、ネットで多く公開されるようになっていることがあります。
 さらにそれを翻訳しやすくなったのは、自動翻訳ソフトDeepLの存在です。固有のクセがあり、ミスもありますが、全文に目を通したり原文比較したりすることで、かなり手を入れても、ゼロベースで翻訳するよりは時間短縮できます。

■今回は「誰もが読める一冊」へ
 「メイド知識の裾野を広げる」という発想に戻ったとき、「誰もが読める最初の一冊」を作れていないと気づきました。
 そこで、今回は19世紀に刊行された「初めてメイドという職業につく少女たちのために書かれたマニュアル本」を2冊、そして「初めてメイドを雇う人にも適した法律ガイド」の1冊を紹介することにしました。
 これを読めば、あなたも「英国メイド」になれます。
 あるいは、雇用主として「メイド」を育て、適切な雇用が可能です。

第1章 翻訳『使用人の振る舞いの書』 小さな家政の女性使用人のためのマナーと服装のヒント集

第2章 翻訳『家事の手引き』 または若い少女が使用人になるためのガイド

第3章 翻訳『家事使用人、その主人および女主人の権利、義務および関係』 使用人向け協会とその利点についての簡単な説明とともに

ここから先は

2,628字

いただいたサポートは、英国メイド研究や、そのイメージを広げる創作の支援情報の発信、同一領域の方への依頼などに使っていきます。