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星の子(落書きショートショート)

 もう午後六時半を過ぎているのに、あたりはまだまだ明るい。しかしふとした瞬間に短く吹く風は冷たかった。コンビニのロゴが入った袋がアスファルトの上を飛ばされていく。その先に一人の男がうつ伏せに倒れていた。真っ黒な髪が頭部を覆っている。白いTシャツは骨張った背中を強調するかのようだ。半袖ではまだ寒いだろうに。私は彼に同情した。それと同時に思った。彼は星の子だ、と。
 少し離れた位置で見守っていると、彼はのそのそと身を起こした。アスファルトに正座をして、背を随分丸めてうつむいている。私は通勤鞄の中を探った。ベージュのパンプスが視界に入った。彼は靴を履いていなかった。
 私はお目当てのカードを鞄から見つけ出した。左手に持って、ゆっくりと彼に近づいた。
「あの」
 彼はビクリと肩を上げながら私を見上げた。目が大きく見開かれている。
「これ、どうぞ」
 左手に持った名刺サイズのカードを差し出した。彼はカードと私の顔を交互に見た。
「これは……?」
「あずきバーの無料引換券です」
 彼はもう一度だけ交互に視線を動かしてから、カードを受け取った。顔の前に引き寄せて、穴が飽きそうなほど凝視している。
「紫色のコンビニで交換できますから」
「……あれですか?」
 彼は後方を指さした。そこにはアシカのマークのドラッグストアがあった。私は首を振って、反対側を指さした。
「あっちです」
「分かりました」
 彼はやっと立ち上がった。私より頭二つ分ほど背が高い。肉付きが悪くて首や手が筋張っていて、ウユクリームでも塗っているのかと思うほどに肌が白い。
 彼はぺこりと頭を下げて、私の指さすほうへ歩いていった。
 明日はニュースを確認しなければいけない。私は通勤鞄を肩に掛け直して、帰路についた。

 翌日、私はコンビニでペットボトルのコーヒーを左手に、スマホを右手に持っていた。冷やし中華かボロネーゼを買いたいが、棚の前をカップルが占領していた。早くどいてくれないと遅刻する。私は苛立ちながら片手間にニュースサイトを開いた。
「〇〇区に土の子出現! 警察総動員!」
 カップルはまだ棚の前でイチャイチャしている。私はため息を付きながら後ろを振り返った。
「あっ」
 冷凍ショーケースにはもうスイカバーが並んでいた。夏が近いのなら、星の子じゃなくて土の子だ。私は振り返った。カップルはいなくなっていた。
 

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