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消化不良(落書きショートショート)

 丸い机に掛けられたテーブルクロスは案の定白く、その上のティーセットは、やはりというべきか、白を基調に金の縁と花柄で彩られている。アフタヌーンティーって言うんだっけ。食べ物が積まれた小さな塔のようなそれを、ちらりと盗み見た。目の前の男はこちらに向かって頻りにつばを飛ばしてくる。
「家に赤い薔薇を飾る女なんて論外だろ。いや性別は問わない。人として論外。下品なんてレベルじゃない」
「はあ」
「まだガーベラはいいよ。特に真ん中が黒いやつ。黄色いやつはちょっと癪に障るけど、まあ許さんでもない。だけど薔薇はだめだ」
「薔薇は全部ダメなんですか」
「いや、全部じゃない。赤とピンクが論外なんだよ。白は審議対象。オレンジは許す」
「はあ」
 僕は手元のカップを持ち上げて啜った。描かれている薔薇は赤とピンクだった。だけど中身は麦茶だ。
「スタバだって蓋を外して飲めばそれはもうビールだろ? 花だって同じだ。薔薇は赤いと薔薇だけど、オレンジならそれはもうガーベラなんだよ」
「なるほど」
 彼の言いたいことがやっと理解できてきた。つまりは物体そのものではなく、受け手側の感覚の問題なのだ。僕はもう一度、アフタヌーンティースタンドに視線を移した。下から順に、ハンバーガー、スコーン、ショコラ色のパイ。
「その理屈で言えば、ここは高級レストランですね」
「……なぜ?」
「机が丸くてクロスが白いからです」
 彼は大げさに顔をしかめた。ときが止まったような気がした。

 後日、家のポストに一通のはがきが届いた。そこには二次選考通過と書かれていた。その下には最終選考の日程と場所が記されている。
 僕は少し迷って、はがきの端を口に咥えた。そのまま唾液でふやかしながら舌と唇で口内に押し込んでいく。玄関で靴を脱ぎながら、先日の面接の様子を思い出した。
 彼の肌はたしか緑色だった。つまりは宇宙人ということだ。
「……うまいな」
 やっぱり最終面接も行こうかな、と思ったが、日程も場所も脳みそから抜け落ちてしまっていた。

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