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すでに持っている

「私…異動することになったんです…」

それは、突然のことでした。

2年間、私を支えてくれた先生。
先生がいたから、楽しく仕事が出来た。
先生がいたから、恐れず挑戦出来た。
先生がいたから、挫けずに頑張って来れた。

また先生と一緒に頑張っていきたい。
そう思って、来年度に向けての準備で、
忙しい日々を送っていた矢先のことだった。

あのこともこのことも…
4月から
先生と協力して進めていくことが
山のようにあった。
でも、先生と一緒なら出来る。
私は、ワクワクしていた。

それが、異動だなんて…。
淋しさと不安とが一気に押し寄せてきて、
放心状態になった。


涙があとからあとから溢れてきて、
止まらなかった。

「こんなことってあるんですね…。
先生は、あと1年は、
ここにいると信じ切っていました」

「私もです…」

先生も泣いていた。

「本当にこんなことってあるんですね…」


先生は、赴任先で、
副校長先生に昇格することになった。




「先生がいたから、頑張れました。
私、大丈夫かな。



…でも…



自立しなさいっていうことかもしれません。
私、先生に、甘えていたんだと思います」


本当にそう思った。
先生は、私を丸ごと受け止めてくれたし、
私を全力でサポートしてくれた。
だから、私は、
自分らしくあり続けることができた。
新しいことにも果敢に挑戦することができた。
私には出来そうもないことをやって来れた。

先生は、
私の可能性を、
私の世界を、
広げてくれた。

そして、
私が辛い時、支えてくれた。
それは、仕事に限ったことではない。

夫が、心の風邪をひき、
と同時に愛犬の病気が悪化。
家庭で色々なことが重なり、
一人で全てを背負い込んでしまったことがあった。
そんな私を、先生はいつも優しく気遣ってくれた。

愛犬が死んで、火葬が終わった翌日、
「今日は、帰ってください…
大切な家族が亡くなったのですから…」
先生は、そう言った。
愛犬は、私たちにとって大切な家族だった。
でも、犬の死を理由に何日も休むことは、
許されないような気がしていた。

だから、思いもよらない言葉に、
驚くと同時に、
嬉しくて、嬉しくて
私は、なんて幸せ者なんだろうと
心から思った。

私は、ずっと、先生に支えられてきた。
先生の優しさに甘えてきた。


それなのに、


それなのに、


先生が言ったのだ。


「私、去年、本当に辛くて…
なおみさんがいなかったら、
私、教師辞めていたと思います。
なおみさんには、本当に支えられました」
と。


先生が、教師を辞めようと思うほど、
辛い時期があったことを、
私は知らなかった。
だから、私は、
先生の力になるようなことは、
何もしていない。

それなのに、先生は、私に支えられたと言った。

何が、先生の支えになったのか、
全く検討がつかなかった。

先生は、この学校に赴任する前の学校では、
普通にクラスの担任をしていた。

主幹教諭に昇格し、この学校に赴任して来た。

主幹教諭の役目は多岐にわたり、
中でも、校長先生方をはじめ上の意見と、
現場の意見をつなぐパイプ役が、
重要な仕事の一つ。

一方、私は、先生が赴任する前まで、
いちボランティアとして、
学校で様々なボランティア活動に参加していた。

先生が赴任した年、
この地域に、学校ボランティア組織が
立ち上げられることになり、
学校とボランティアを繋ぐパイプ役として、
コーディネーターが置かれることになった。
私は、様々なボランティアに参加していた
という理由だけで、何の力もないのに、
その役を任されることになった。

そして、
ボランティア組織の学校の窓口担当になったのが、先生だったのだ。


いちボランティアとして、
子どもと向き合っていた時は、
それだけで楽しかった。

コーディネーターになり、
楽しんでばかりはいられなくなった。
ボランティア、学校、
双方の思いを聞き、
お互いにとって、
より良い活動になるよう
考えていかなければならなかった。

自分の無力さに落ち込む日々。

思いもよらないことを言われ、
傷付くこともあった。

そんな時、先生に、
ポロッと本音を言った。

そうすると、

「分かります。
私も、同じようなことで悩みます」

パイプ役という意味で、私たちの悩みは、
似ていた。
そして、同じ年頃の子どもをもつ母親としても。

お互いのことを話した時に、
あ~同じように先生も悩みながら頑張っている
と励まされることが多かった。


でも、
そうやって悩みを打ち明け合ったことが
教師を辞めることを留まらせる程の理由になったとは思えなかった。

かといって、何か特別な出来事も
思い出せなかった。
一体、何をもって、先生はそう言っているのか、
全く分からなかった。

ただ、
先生の力になれていたということは、
私にとって救いだった。


私が、ただ私らしくあることが、
先生の役に立てた
ということなのだろうか…。


もし、そうだとしたら…
それはとても嬉しいことだった。
そして、それは、
私にとって大きな自信となる。


私には、夢がある。

人を癒すこと、
人に優しい時間を提供すること、

そういうことを
仕事にしていきたい。

でも、
そのためには、
何か特別なものが必要な気がしていた。
武器になるようなものが。

でも、そんなもの、必要ないのかもしれない。
私が私らしくあることで、
先生の力になれたのだとしたら。

だとしたら、


私は、すでに持っているということだ。
私に必要なのは
自分を受け入れること。
一歩を踏み出すこと。
それだけなのかもしれない。




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