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スパイラル学習のススメ

私は、大学生と社会人に通訳を教えています。レッスンでは通訳の結果である訳出ももちろんチェックするのですが、それと同じくらい大事にしているのは、通訳本番に至るまでの準備です。プロダクトとプロセスの両方の研鑽が通訳者としてやっていくためには欠かせないと、私は思っています。

通訳準備では、色々な分野の資料に触れることになります。中には一回きりの仕事もあるかもしれませんが、有難いことに定期的にお呼びいただくようなイベント通訳もあります。先週末通訳させていただいた国際カンファレンスのzen2.0などは典型例です。

今回で通訳として参加させていただいたのは2回目です。去年も9月の初旬にzen2.0が開催されました。なので一年前も同じような通訳準備をしていたことになります。

このように定期的にやってくる通訳のお仕事は、自分の知識を段階的に深めていくまたとないチャンスです。私はzen2.0のおかげで仏教、禅、マインドフルネスなどの分野に興味を持つことができましたし、回を重ねて少しずつ勉強することで、前よりも知識がついたと感じることがあります。

このような学習法をスパイラル学習法と名づけてみたいと思います。スパイラルとは螺旋状のことで、前回よりも今回、今回よりも次回というように、回を追うごとに学習経験が豊かになっていくものです。一度に学習を仕上げてしまう上昇気流型ではなく、時間をかけて重層的に知識をつけていく学習法がスパイラル学習法です。

私達は受験生のとき、苦手な科目も勉強しなければなりませんでした。それは科目に出会うだけでなく、限られた時間で学習内容を理解し、問題を解いて得点できるようになるというところまでを含むので、今振り返ると恐ろしいほどの負荷が受験生にかかっていたのだなと思います。

問題を解くと言っても難関大の入試問題となると異次元と呼べるような難易度の問題まであります。そこまで短期間かつ独学で到達するのは至難の業なので、予備校やYouTube動画がないと出来ないような仕組みになってしまっています。センター試験で問題パターンが出尽くした感があることもあって、共通テストでは相当捻った問題も見られます。そこに対応していくには相当な負荷をかけなければいけません。

何でも第一印象が大事と言われますが、勉強においても同様です。ある学問分野にどのような出会い方をするかは、その後の学習態度にも大きく影響するからです。ですが社会人となった今、このような受験生としての体験は一度忘れてしまって良いのではないかと思います。受験生の時に出会った受験科目としての学問分野は、そんな怖い顔をしているわけでもなかったのです。受験科目を得点する為の勉強科目と捉えることから自分を解放することで、勉強と仲直りできるのではないかとすら思えます。

例えば私は高校倫理をスパイラル的に学び直したことがあります。倫理では哲学と宗教を学ぶので、zen2.0にはもってこいの科目です。去年も学び直しましたし、今回のzen2.0でも、これまで読んだ本や参考書に線を引いたところだけ読み返し、通訳準備の一部としました。こうするだけでも、昔学んだことがある程度思い出せるのですから不思議です。

教科書を見ると大事なことだけが書かれているので息を吐く暇もありませんが、通訳準備ではもっとゆとりを持って良いと思います。例えばzen2.0の通訳準備で道元が曹洞宗を開いたということを学びました。これは大学受験ですとその事実を暗記することでおしまいかもしれませんが、今ならYouTubeで「曹洞宗 道元」と検索すれば、道元の生い立ちなどを解説した動画が出てくるので、それを視聴しながら道元という人自身をじっくり知ることができます。只管打坐の件は感動ものです。

こういう「寄り道学習」が意外と大事です。会議資料に「道元 曹洞宗」と書いてあったら、「道元という名前は知っている。去年も調べたことはあったけど、今年はこんな動画も見てみよう。なるほど、永平寺というところで道元は曹洞宗を開いたのか。これはどんなお寺なのだろう。動画はあるだろうか。」などと考えます。

すると出てきました。永平寺は福井県にあるお寺で、この動画では真冬の永平寺で修行をするために集った若者の様子がとても詳細に記録されています。この動画を見れば、もはや「ドーゲン ソートーシュー エーヘージ」という文字の羅列ではなくなり、動画の映像効果も相まって、記憶の中に残ります。残るだけでなく、「あの修行の厳しさと言ったら・・・」という感情まで抱くので、更に忘れないと思います。

もちろん、ここまで全てを一回でやろうとするとパンクします。zen2.0の登壇者数を考えると、一人一人の通訳準備にかけられる時間はあまりありません。ですから通訳後に勉強してみたいことを残しておいて、スパイラル的に知識を蓄積できるようにする。一回で全てを学習しなければならない、試験でいい点を取らなくてはならない、という固定観念から自分を解放してあげることが重要ではないでしょうか。

これは宗教についての一例でしたが、私はスパイラル学習法を様々な分野で実践しています。これまでに地学、宗教学、化学、数学、IT、スポーツ、財務、ビジネス、知財など、通訳準備でかじった分野は多くあります。ですがどれも一回で完結しようとせず、そして忘れてしまうことに罪悪感も持たないようにしています。

最後に、スパイラル学習法で私が大事にしている点を3つ、ご紹介します。

1) 沢山覚えることよりも、ものが分かることの喜びを優先する
2) 学問との出会い方をアップデートする
3) 好奇心のスパークとその広がりを止めない

1)はすでに説明した通りです。大人になるにつれて、暗記より本質理解に価値を置く人が増えていきます。歴史など最たる例ですが、ある出来事がなぜ起きたのかについて理解して腹落ちすると、一種の感動を覚えます。それが私達の生活にも関係がある場合は、更に大きな感動が待っています。なのでこれからの学び直しは、「分かる喜び(joy of understanding)」が大事になってくるのではないでしょうか。

2)は受験時代の学問体験を絶対的なものとしない、ということです。いつでもアップデートできるよう、科目を勉強することについて柔軟に捉えられる思考が重要です。一度やってダメだったからと言って、大人になっても見向きもしないのは勿体無いことだと思いませんか?

3)は勉強のプロセスで生まれるものです。知識が増えると想像力や思考力が刺激されます。「曹洞宗については一通りわかった。では他の宗派はどうなんだろう?」と好奇心がスパークする瞬間があるはずです。そのスパークを潰さないようにしてください。大切にしてほしいと思います。一つの通訳案件で吸収できる知識は限りがありますが、勉強のプロセスで生まれたスパークは通訳が終わった後も学習者を学びに誘ってくれます。このスパークが続く限り、通訳者は一生学び続けることができるのです。

以上、スパイラル学習法について思うことを書いてみました。皆さんの学び直しのご参考になれば幸いです。

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