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あれが全ての始まりだったんだ。

せっかくなので自己紹介も兼ねて、あらためて自分の音楽遍歴(とそれにまつわる食歴)を振り返ってみようと思います。
過去のブログや当時のインタビューで既出の話もあるかもしれませんが、そこはご愛敬ということでお付き合い頂ければ嬉しいです。

『僕はきっとこの温度を忘れることはないだろう。』  

小学生編 -1


五月晴れの明るい太陽がだいぶ傾いてきた頃、町外れにある青少年会館から自転車で帰宅した12歳の僕は、部屋で銀色に鈍く光るその管楽器の手入れをしながら、ため息交じりに壁時計を見やった。

今日もロクに音も出やしなかったな…
曲もなんか面白くないし…
なんでこれ習ってるんだろ…

あ、そうだ、そんなことより今日は夜10時から tvk で Billboard TOP40 じゃん。
今週こそ PET SHOP BOYS が1位取れるかな?? うぉー楽しみ!
「West End Girls」のシンセ、最高にカッコイイんだよな〜

ふふん、なんたってこないだついにお小遣い握りしめてひとりで横浜ダイアモンド地下街まで行ってレコード買ってきちゃったもんね。はーめちゃドキドキしたな。
アルバムだから2500円もしたけどさ。コンパクト・ディスクってやつの方がさらに高いんだよね。

でも! これが僕の人生初のレコード! 魅惑の黒き円盤! ああ神よ! 好きな時に何回も聴けるなんて最高であります!(母方の実家、浅草のお寺だけどね)

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それにしてもこの2人、雑誌記者だったニールと大学生のクリスが楽器屋で同じキーボードに同時に手を伸ばして意気投合〜結成!? って、そんな少女漫画みたいな展開ある? もはやネタだとしても信じていたい。

そうなんだよ、やっぱ楽器やるなら、絶対シンセサイザーだよな。


そう、あの吉岡の家で5年生の時に起きた出来事。

あれが全ての始まりだったんだ。

1970年代初期、いわゆる新興住宅として造成された変哲のない住宅地。その高台の一区画にある僕の家からわりと近所に住んでいた同じクラスの吉岡は、お父さんがパイロットで優しそうなお母さんがいる家族の末っ子で、
ひょろひょろ(僕よりも)のいかにも病弱そうな毎日同じチョッキ着てる一風変わったやつなんだけど、不思議と僕とはウマが合って時々一緒に帰っては色んな話をした。
たいていはブラックホールの謎とかタイムトラベルの理論とかムー大陸の秘密とか、いかにも小学生男子(ある一定層の)が好きそうなやつだ。

「解りますか? スター・ウォーズのライトセイバーくらいは理論上、私でも作れるんですよ。」

お前はグーニーズのデータかよっていう感じで、算数のノートに描きなぐられた設計図を出してきては、アインシュタインの相対性理論とかを真顔で説いてくるような科学オタクなんだけど、そんなナード代表の吉岡がある日の学校の休み時間、まさかの青天の霹靂サンダーボルト! みたいなひと言を唐突に発しやがった。

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その時、教室には後ろのロッカーらへんにいわゆるスクールカーストの上位のやつら(もれなく足が速くてサッカーが上手くて背が高い)がたまって女子達(も上位きらきら系だ)と一緒に流行りの歌マネとかしてキャイキャイしてたんだけど、ふと吉岡がそっちに目をやって、ボソっと呟いたんだ。

「ときにマタヒコくん、彼らの好きな音楽って、正直ダサくないですか?」

僕は自分の耳を疑った。

「…え、吉岡? おまえ自分が何言ってるのか解ってるのか…? チェッカーズはいま一番イケてるバンドだぜ?!」

「さて、果たしてそうでしょうかね。私がいつも家で聴いている音楽はもっとイカしてますよ。」

(そ、そんなバカな…僕だって流行りにのって浅草に遊びに行くたんびにイトコのあきちゃんにお願いしてカセットにダビングしてもらってるんだぜ…ついでにお菓子食べながら少女漫画も読ませてもらってさ…って、なにそんなアイデンティティ崩壊アンプリファーなこと言ってンだよ…)

「そ、そんな音楽なんかあるワケないだろ、デタラメ言うなよ!」

「そうきましたか。では嘘だと思うなら、今日帰りうちに寄ってみたらどうです?」

そう言って吉岡はメガネを左手の中指で押し上げ(実際メガネはしていないが)いかにも涼しげな顔で、上カースト5人前の方に一瞥をくれた。

「わ、わかった。本当かどうだか確かめてやる。」

「そうこなくっちゃ。それでは決まりですね、楽しみです。」

(…っていうかもういったい全体どうなっちゃってんだよ…)

その後どうやって放課後まで過ごしたのかはまるで記憶がない。

下校時刻を知らせるチャイムが鳴ったのと吉岡と目が合ったのはほぼ同時だった。

僕らは帰りの会の挨拶もそこそに足早に下駄箱へと向かった。

ふたりとも無言だった。

昇降口のホールには、リノリウムの床を擦る上履きの音だけが響いていた。


ーつづくー





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