てのひらの50円玉(突き返せた憐れみのコイン)その4
このように母が不在のために、したくもない思いをさんざんしてきた私。父母会や平日の授業参観など来ないのが当然と思っていて、たまに来ることがあれば嬉しくもあったけれど、「ダブルバインドに疲れ果て」にも書いたように、クラスメイトの個人的事情を仕入れてきて無神経に私に言ってくるので、来ない方が良いと思っていたのかもしれない。
そうして、来なくても良い時に来るのが、本当に恥ずかしかった。
中学2年生の夏休み、移動教室に出かける日だった。
「決別の銅鑼、高らかに」で書いた通り、私は中2の一学期から越境通学をしていた。転校することを許してもらえず、30分電車に乗って通っていたが、その日は集合時間も早かったのだと思う。バス移動だったと記憶している。
母も私も、少し寝坊してしまったらしい。あわてた。大きな荷物を持ち、駅まで走り、とにかく遅れてはいけない、という気持ちだった。
母も一緒に電車に乗ってきた。万一バスが出発してしまうほど遅れた時に対処するつもりだったのか、その理由はもう覚えていない。
記憶にあるのは、電車に乗っている間母はムスーッとして一言も会話をしなかったこと。話しかける隙を与えてくれなかったので、いきおい私も黙るしかない。
おそらく、
「私としたことが、遅刻させそうになるなんて、なんてこと?!」
などと、ものすごくねじ曲がった考えをしていて、ともすれば私がぐずぐずしていたから、余計に遅くなったとでも考えていて、私のことが憎らしくなり話したくなかったのだと思う。
だから、転校しておけば良かったのだ。この時だけではない。他の宿泊行事の時など、もっと朝が早く集合時刻に間に合う始発電車がなかった時もある。
そのため、2つ手前の駅まで自転車で行き、そこで始発に載ってようやく間に合ったこともある。2つ手前、と言っても田舎の駅間は長く、おそらく一時間弱は走らなければならなかったはず。
実家には、当時車がなかったので、母の運転する自転車の荷台に私が乗って2人乗りして行った。走るのは、交通量の多い国道だったので、命賭けだった。
おそらくそれは、高校の部活の合宿の時だったと思う。正規の学校行事ではない、つまり私が好きで出かけているという状況なので、この時も母は機嫌が悪かった。これも、中学の時に学区域の学校に転校していれば、その後も遠い私立になんか行かず県立高校へ進学するという選択もじゅうぶんあり、このようなことは起こりえなかったのではないか。何より、タクシーを予約しておけば良かったのでは? いつも問題が起きた時に考えつく対策が、狂気の沙汰。もしかしたら、死んでいたかもしれないくらいに危険な行為だった。 母の腰などに手をまわすことが怖くてできない私は、サドルの下のコイル部分に懸命につかまって耐えていた。
母は無闇に身体に触ると怒るので、甘えて抱きつくこともできなかったトラウマがあり、この時も他の場所につかまろうと思ったのだろう。
ともあれ。
無事に時間にまにあい、集合場所である校庭に着いた。私は、母と別れてクラスの輪に加わった。
そのうち号令がかかり整列し、朝礼が始まった。
「健康、安全に気をつけて、楽しむように」
と言うようなコメントが、校長先生からあり、朝日と言えど強い日差しに耐えながら私たちは話を聞いていた。
私は、気もそぞろだった。母が残っていたからである。
間に合ったのだから、そのまま帰ってくれれば良いのに、ずっと立っているのだ。それも、険しい顔をして。他に保護者は、いなかった。
そのうち、クラスごとに出発することになり、母の前を通過することになった。
何かアクションを起こさないと、後で何か言われると思い、ほんの小さく手を振っておいた。クラスメイトに母だとばれない程度に。
母は、相変わらずつまらなそうな表情で私と目を合わせ、ちょっとうなずいたようなしぐさをしたけれど、手を振り返してはくれなかったように思う。私は、母がいるだけで委縮してしまい、軽いパニック状態になっていたため、細かい記憶が飛んでしまっている。
2泊して、無事に帰宅した。
母は私に、
「楽しかった?」
などと聞いたり、私のお土産話に耳を傾ける気はさらさらなく、
「だ~れも見送りに来ないのね。私の学校なんか、近所のお母さんたちが何人も見送りに来て手振ってくれるわよ」
と責めこんできた。
一人校庭で立っていたのが、よほど嫌だったのだろう。娘の楽しかった宿泊学習の話も聞けないほどに。だったら、帰れば良かったのだ。
面倒くさい。くさいったら、ありゃしない。
この時も、
「あ~、このパターンか。やれやれ」
と思ったことを、強く覚えている。
どうしてこう、やることなすことすべて嫌な雰囲気になるのか、ずっともやもやしていたけれど、母の考え方が原因なのだ。
なんでも悪く取る、妬む、比べる。こんなことでは、家庭は明るくならないし、子供は健全には育ってはいかない。
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