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満を持して書く弟のこと。(ある意味私より被害者)その39

 おそらく。
 晴信は、そのような経験をしていないのだろう。言ったことがたとえ実現せずとも、母が責めてきたことなどないに違いない。
 だから無邪気に言い放つ。
「お母さんの習字部屋と仏壇置き場も作るからさぁ~」
 たしかに得意気にそう言っていたのだ。
 また予定外に子どもができる前、つまり着々と結婚に向けて準備をしていた頃のことだ。
 新婚旅行は、オーストラリアにイルカの群れを見に行く予定だと言う。
 晴信にそういう趣味があったとは知らなかったので、驚きつつもそれは楽しそうだな、と思った。
 そして。
「俺たち、ツアーで行かないからさ」
 と得意気に言った。
 言い方が、ツアーで行く人を思いきりバカにしている感じ。これが旅慣れていて、自分で色々と調べられる環境なら、これくらいのことを言っても良いかとは思うけれど、この時点では海外旅行は未経験。
 おそらく今もパスポートさえ持っていないと思う。


 父が急死し、結婚式場をキャンセル。子どもができたので、急遽式を挙げたので新婚旅行は行かれなくなってしまったはずだ。
 あげ足を取るつもりは毛頭ないけれど、あれだけ大口を叩いたのに、いつも何か中途半端に終わってしまうことに対して、いったいどう思っているのだろうか。
 その時点で、私たち夫婦は2回ほど海外に行っていたけれど、おそらくツアーで行ったものと勝手に決めつけ、バカにしてきていたのかもしれない。
 そういう感じが伝わってきたので、
「私たちも、ツアーで行ってないけどね」
 と小さな声で言ったことを覚えている。
 晴信の性格では、ツアーで行った方が良いと思う。海外では何が起こるかわからないし、日本人だからと言ってカモにしようと狙ってくる人もたくさんいる。
 反対に心から親切にしてくれる人も大勢いて、その見極めはとても難しく、それまで培ってきた自分の人生が試される場所でもある。あんまり怯えてばかりいたら楽しめないし、はしゃぎ過ぎれば痛い目に遭う。

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