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満を持して書く弟のこと。(ある意味私より被害者)その4

 だいたい。
 お手伝いが辞める原因は、母の意地悪だ。私も何度も目撃したし、嫌味を言われて悲しんでいる若いお手伝いを何度も慰めたことがある。
 今考えると、そうとうにおかしい。5,6歳の私がそのような仲裁役に入るなんて、もうアダルトチルドレンそのものではないか。そんな役目を負わされた、少女の頃の私を本当に気の毒に思う。
 島谷家には、私と同じ年の長男和洋と2つ下の次男誠二がいて、一緒に遊ぶような年頃の女子はいなかった。
 ある時、男子たちは外で遊んでいた。私が小学3,4年の頃だったと思う。入学したての頃は、よく一緒に遊んでいたけれど、ちょっとケンカになったりすると、
「ふん、いいもんね。ママに頼んでもう預かってもらわなくしちゃうから」
 と卑怯な切り札を切ってくるので、なるべく関わり合うのをやめた。預かってもらえなくなったら、母が困ってしまうだろう。


 そのように余計な気を回すほど母のことを好きだったんだ、と長いこと思っていたけれど、実はそうではないことに気づいた。それが現実となった時、
「ほれ見なさい!! あんたのせいで預かってもらえなくなっちゃったじゃないの!!」
 と母に嫌味を言われるのが耐えられなかったのだ。
 だから、和洋が外から顔だけ屋内に入れて、
「稀沙ちゃん、稀沙ちゃん、ちょっと来て」
 と手招きした時は。本当は行きたくはなかった。けれども、行かないとまた切り札を切られると困るので、渋々と靴を履いて外に出た。
「こっち、こっち」
 と導かれるまま連れて行かれたのは、島谷家の裏にある芝生畑だった。
 一メートルほどの高さのコンクリートの壁があり、誠二と晴信、そして近所の悪ガキ進一がその上に一列に並んで立っていた。
「稀沙ちゃんは、ここね。せ~のって言うから、どれだけ遠くにジャンプできるか競争しよう」
 和洋はそう言って、自分も並び、
「せ~の!」
 とかけ声をかけた。


 

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