「想い」から紐解く新規事業のデザイン
この記事はGoodpatchアドベントカレンダーの22日目の記事です。
私はGoodpatchという会社で、クライアントワークを通じて様々な企業や事業にExperience Designの専門性を持って携わっており、副業ではOnnというサービスの立ち上げを中心メンバーとして現在進行形で進めています。
これまで携わった仕事では新規事業の立ち上げを多く経験しており、各企業の経営者やプロダクトオーナーとひとつのチームとなって深くコミットする形で0→1のフェーズを一緒に駆け抜けてきました。
そんな新規事業の立ち上げにおいてよく語られる市場やユーザーの観点と共に重要なのが、事業の羅針盤のような役割を果たす「想い」という要素だと考えています。
本記事では、新規事業においてあまり焦点を当てて語られることがない「想い」というエモーショナルな要素が新規事業のデザインにどう影響するのかを考察したいと思います。
(エモいだけのフワッとした記事にならないように頑張ります笑)
新規事業のデザインにおいて想いはなぜ重要なのか
そもそも、新規事業のデザインとはどういったことを指すのでしょうか。
結論から言うと社会・市場とユーザーを繋ぐ「事業アイディア」と「想い」を発見/具体化していく活動が新規事業のデザインだと私は考えています。
上図は、社会・市場からユーザーまでの企業活動の関連図です。
起業や新規事業立ち上げにおいて多くの場合、社会・市場の変化や規模、そしてユーザーが抱える本質的な課題をリサーチしながら実現性と可能性の大きい「事業アイディア」を探し求め、実際のユーザーにあてながらサービスやプロダクトを磨きこんでいきます。
その一連の過程を見ると、社会・市場・ユーザーのような外的な要素を主として向き合うように思えますが、事業を具体化していく際に重要な意思決定に影響する内的な要素も無視できません。
新規事業を立ち上げる際のアプローチは、「課題解決型」か「価値提案型」かで大きく異なりますが、どちらの場合も実際にユーザーに当てると厳しいフィードバックが続くことは少なくなく、特に価値提案型の場合、時にはこの事業が無価値だと感じるくらい厳しいフィードバックが続くこともあります。
そんな時にそれでもその事業を信じて磨き込むか、大きくピボットするかを意思決定するための価値基準を作るのが内的な要素である「想い」です。
一般的な意思決定では、各種リサーチから出たファクトや、市場やユーザーからの反応、事業リスクなどを元にした合理的な判断基準を元に決定をすることが多いとされています。
一方で、今回のテーマになっている「想い」は事業における価値基準を形成し、事業活動の土台となる普遍的で本質的な共通善となる考え方・価値観をもたらします。
この価値基準を起点とした事業成長のための持続的な価値循環を作るための仕組みである「グロースサイクル」については、以下の記事に記載しているのでご興味ある方はご覧いただければと思います。
それでは、価値基準に至るまでの「想い」の変遷を考察していきたいと思います。
「想い」の原点
私は一緒にチームを組む経営者やプロダクトオーナーの方に
・なぜこの事業をやりたいと思ったのか
・この事業の成功を信じられるか
・ユーザーがどうなっている状態が理想か
・どうなったら自分の人生をかけたいと思うか
というような問いを何度か投げかけることがあります。
そういった問いを通して個人の考えや経験を共有しあい、この事業における想いの原点を探っていくことで、何がこの事業にとっての価値なのかを発見することが目的です。
想いの原点とは、直接体験または間接体験がトリガーとなり、ある課題やビジョンが自分ごと化された時に生じる、価値基準の元となる重要なエピソードや観点のことを指します。
これらのエピソードや観点となぜこの事業を行うのかというWhyを原点から明らかにし掛け合わせることで、事業の意思決定に影響を与える価値基準を創出することが可能です。
直接体験であれば事業推進者の方が実際に体験したことを通して、間接体験であれば市場やユーザーとの粘り強い対話から追体験したことを通して、獲得した体験がトリガーとなります。
ちなみに、原体験というとこれまでの人生で直接当事者として体験したことを指すことが一般的ですが、私は直接体験か間接体験かは問わず想いの原点に影響を与えた体験が「原体験」だと考えています。
では、想いの原点を探り出した後はどうすれば良いのでしょうか?
「想い」の高質化
想いの原点は主語が一人称であることが多いため、より多くの人に共感してもらう価値を持った想いへ高めていくためには、想いの主語を個人→組織(企業)→社会→人類(世界)というレベルに昇華させ、想いの質的変化を起こす必要があります。
ここではそれを想いの高質化と呼ぶことにします。
高質化をするといっても、ただ主語を置き換えるだけでは想いに対して共感を得ることも正当化されることもありません。想いの質的変化を生むためには、他者に想いの原点を共有し色々な人の想いや課題などを吸収しながら、各レベルで正当化されるような想いに磨き上げるプロセスが必要なのです。
そしてこの想いの高質化のプロセスで生み出されるアウトプットには、組織内での共通言語や、Vision, Mission, Valueのような共通価値を言語化したものも含まれます。
上記のように、想いから形作られた価値基準によって、多くの企業や事業が掲げるVisionなどの共通価値や価値観が形成されると考えると、新規事業や事業組織にとって「想い」がどれだけレバレッジのきく観点かがわかるかもしれません。
「想い」のスタート地点による違い
ここまでは想いの原点が一人称主語から始まる場合を語ってきましたが、組織主語で始まる場合についても考察したいと思います。
大きな企業の中での新規事業立ち上げの場合、まず組織(企業)主語で新規事業が起案され、想いの原点がまだない責任者やプロダクトオーナーが任命されることも往々にして起こりえます。
組織主語から始まった場合、先に企業の視点から社会主語での想いや価値についての議論をする場合も多々あると思うのですが、前述の通りまずは「想いの原点」を直接体験または間接体験から獲得するプロセスをふみ、組織主語から原点までを繋ぐ観点の獲得を目指すのが良いと考えています。
主な理由としては、以下の二点が考えられます。
1.
事業推進の責任を持ったプロダクトオーナーが自分ごと化できていない
2.
1の状態でより主語の大きなレベルのことを考えても自分自身が共感できず迷走する
そのため、時間がかかってでも自分と事業との接着点となる想いの原点までを繋ぎ、想いの高質化をしながら事業の具体やVisionへと落とし込んでいくことが重要です。これは社会主語や人類主語のようなより大きなレベルでの観点から始まった場合も変わらないプロセスです。
新規事業責任者の「想い」をより高質化するために
では、企業主語で出てきた新規事業に対する責任者やプロダクトオーナーの想いを、より高質化するためには何が必要なのでしょうか?
具体的な方法をここからはお話ししたいと思います。
ポイントは大きく分けて二点あります。
1. 自分主語の獲得
徹底的に一次情報とユーザーペインに直接触れる
2. 社会主語の獲得
事業の価値構造を整理しながら、社会レベルでの事業価値の解像度を上げ、自分達がなぜその課題に取り組むべきかを共感できるストーリーにする
私が所属するGoodpatchでは、ただデザインを作って終わりという仕事はほとんどなく、事業を推進する上でのwhyの部分からしっかりと構造化・言語化をしながら事業価値を整理し、価値基準や判断基準、事業のストーリーを組み上げて資産として残すことを大事にしています。
その中で特に大事にしているのが、上記の二点です。
まず組織主語で始まった事業の場合は、事業責任者やプロダクトオーナーと一緒に徹底的に一次情報やユーザーペインに直接触れにいきます。
実際に肌で感じながら追体験・擬似体験をすることによって、リサーチした内容の共有を受けるだけでは得られない気付きや観点を得ることができ、それが間接体験となり蓄積されることで、自分ごと化が進み想いの原点を形成していきます。
また、社会主語を獲得するためには、事業の価値を整理・構造化し、事業の社会的価値に対する解像度を上げていきます。
その結果、社会にこの事業がある意味や意義、そして解決すべき課題やその負の構造にたどり着き、事業責任者やプロダクトオーナーだけではなく事業に関わるメンバーや顧客が共感するストーリーを組み上げることができます。
「想い」を新規事業のデザインに活かす
「なぜこの事業をやりたいと思ったのか」「この事業の成功を信じられるか」など新規事業における問いが尽きることはありません。そんな新規事業という不確実性の塊に挑む活動において、実は一番変化に強く柔軟なのは内的な要素である「想い」です。
この「想い」という一見ふわっとしていて役に立たず掴み所のないと思われているものをうまく扱えるようになると、事業の具体化においても採用や顧客獲得においてもレバレッジがきく価値基準が獲得でき、多くの場合それは事業にとって良い影響を与える要因になっていくでしょう。
また、これまで私が関わってきた事業でも、市場やユーザーから多くを学習しつつも本質的に未来において必要なものは何かを思考し、時には価値検証時にユーザーに全く響かない経験をしながら、価値のあるサービスを各事業の推進者の方々と一緒に創出してきました。
例えば、Uniposというピアボーナスから始まった新規事業の立ち上げフェーズについて、CEOの斉藤さんとCXOの矢口さんから以下のようなコメントをいただいています。
このエピソードの裏側では、朝から夜まで一緒に会議室にこもって事業価値についてディスカッションをしたり、ユーザーインタビューや価値検証を繰り返しながらこの事業に対する想いを高質化していき、確信へとたどり着く長い道程がありました。
CXO 矢口さん
「Goodpatchさんとの議論を繰り返し、1対1の送り合いではなく『メッセージを他の人にも読んでもらえる』というN対Nの体験に行き着き、それがUniposの特徴になっています。今も導入企業さんにお話を伺うと、その特徴を『ほっこりする』『皆が何をしているか分かるのが良い』と言ってもらえるポイントになっています。新しい市場を作るプロダクトだと思えたのも、そのコア体験に辿り着けた事が大きいです。
代表取締役社長 斉藤さん
「あとは國光さんがUniposにおけるコンセプトやコア体験の俯瞰図をまとめてくれたことも印象的でした。現在、社内にはUX定義や戦略をまとめた『UX Brief』というドキュメントが存在します。これは國光さんが当時作ってくださったコンセプトやUX定義をまとめた資料を参考にしながら、矢口がチームに適した形でUX定義や戦略をまとめたものです。」
引用:UXを起点とする組織の形とは?「Unipos」の3年間から紐解くデザインの影響
また、ランサーズの新規事業Lancers Enterpriseの立ち上げでご一緒させていただいた取締役の曽根さんや執行役員CPOの中島さん、そしてエンジニアの神庭さんからは以下のようなコメントをいただいています。
ランサーズさんは、スタート時から曽根さんが壁一面のホワイトボードに事業構想を細かく図解できるくらい事業の解像度が高い状態だったのですが、それを更に構造化しながらユーザーペインと掛け合わせ、より多くの人が共感する事業の価値を見出していきました。その過程でこのサービスによってどんな価値を提供したいのかを明確にするために、開始3週目という早いタイミングで「想い」を束ね高質化したプロダクトビジョンを定めるというプロセスの提案をした裏話もあります。
曽根さん
ユーザー体験の根幹から可視化して課題をあぶり出し、ユーザーにどんな価値を提供するのか考えていくことが当たり前だけど大事だなと改めて教えてもらいました。
最初は「プロダクトビジョンを決めるのがこのタイミングでいいのか」「もっと後でもいいんじゃないか」という意見もありました。でも、ワークショップ中に「競合と比べてこの機能差分が…」という話は全く出ず、一つのチームとして「ランサーや企業にどんな価値を提供したいのか」という問いに向き合う時間になったことが大きな影響を与えたと思います。
中島さん
僕自身はワークショップに参加したことで、自分の中で「今やってることはビジョンに沿ってるのか?」と常に疑問を持てるようになりました。そう思えるようになった人たちは僕以外にも増えたと思います。新規事業立ち上げフェーズにおいてはスピードも大切ですが、ビジョンに立ち返ることができることが本質だと思うので、参加してよかったです。
神庭さん
ワークショップの最中は「今やるべきなのかな」とも思いましたが、プロジェクトが忙しくなるに連れて、軸が決まっていることの大切さが分かりました。このプロセスを経ていたからこそ意味があるものを作ることに集中できたので、このワークはやってよかったなと思います。
引用:デザインする文化を資産として残す。ランサーズ新規事業「Lancers Enterprise」チームとのパートナーシップ
これらの新規事業を立ち上げる経験をしてきた過程で知ったのは、覚悟の質が上がる瞬間はいつも「想い」が高質化した時だったということです。
泥臭く市場やユーザーの声を聞き、自分たちの想いと向き合いながら、確信とともに主語がより高いレベルに変わる瞬間を私は多く目にしてきました。
これからも私は、挑戦者たちの「想い」をエンパワーするようなデザイナーでありたいと思っています。(もちろん想いだけではなく精度の高い事業の具体化にも向き合います笑)
さて、最後にサマライズをのせてこの記事を締めくくりたいと思います。
・「想い」とは
・事業における価値基準を形成し、事業活動の土台となる普遍的で本質的な共通善となる考え方/価値観をもたらす
・「想い」の原点とは
・直接体験または間接体験がトリガーとなり、ある課題やビジョンが自分ごと化された時に生じる価値を判断するために重要なエピソードや観点のこと
・スタート地点が違っても原点までを繋ぐことを優先しないと迷走する
・「想い」の高質化とは
・想いの主語を個人→組織(チーム)→社会→人類(世界)というレベルに昇華させ、想いの質的変化を起こすこと
・Vision, Mission, Valueのような共通価値の形成にもつながりレバレッジがきく
おまけ
締めくくると言いつつ、最後の最後に、
もしGoodpatchまたは私が関わっているスタートアップ「Onn」にご興味あれば or 転職を考えている or 一緒に働いてみたいという方は、TwitterのDMでもなんでも大丈夫なのでぜひお声がけください🙏笑
記事を最後まで読んでくださってありがとうございます。とても嬉しいです!