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ペアリングのつくりかた⑤

⑤意識するべき総アルコール量


さて、ここまではペアリングにおける縦軸と横軸の話にお付き合いいただきました。前回は特に横軸(組み合わせ)について、前々回は縦軸(食事の流れ)について触れましたが、今回はそのどちらにも関わる大きなポイント、「全体を通しての総アルコール量」についてです。意外とここがポロっと抜けてるお店にそこそこの頻度で出会ってしまうのでちょっとこの話も盛り込んでみました。

※毎回本当に沢山の投げ銭やスキ、いいね!をありがとうございます。前回も書きましたが10章まで完結したら全体を有料にすることになりそうです。まだ読んでないという周りの方には「アイツこんな細かくてうるさいこと言ってるよ」とオススメしてあげてください。引き続き記事が気に入ってくれた方のサポート大歓迎です!よろしくお願いします!※

レストランの変遷・飲と食の近代史 
ペアリングはソムリエの「成功体験」のシェア 
マリアージュとペアリングの相違 
食材×調理×味つけ 狙いどころの考察 
➄意識するべき総アルコール量 ⇦イマココ 
提供温度のコントロール
ペアリングで演出する季節感
核となるコンビネーションの決め方
⑨核を取り巻く流れの決め方
⑩これからのレストラン、これからのソムリエ


総アルコール量

ここまで着いてきてくれてる読者諸賢は普段どれくらいアルコールを飲まれるだろうか?仕事終わりや風呂上りにビール1杯程度の人もいれば晩酌は日本酒を2合という人もいるだろう。日本人のワインの平均消費量は年間でひとり約4本程度だそうだ。僕のように毎日1本以上飲む人間を含めての平均なので究極的に飲まない人も多く存在するのだろう。

そんなアルコールの消費量にムラがある個々人に対して、ペアリングの際に決まった(決められた)分量のアルコールを提供することがそもそも正解と言えるのだろうか?答えはもちろん否である。アルコールに強い人がいれば弱い人もいる。全く飲めないという人もいる。その日の体調によって控えたい人もいる。弱いけど味は好きという人もいる。それぞれの人に対して適切なサービスを提供するために、今回お話する「総アルコール量」はとても重要なパートとなる。

「One Standard Drink」という言葉をご存じだろうか?アルコールの強さ(アルコール度数)に違いのある飲料をもって人体に作用する程度を同じレベルにするためには摂取する分量をコントロールすればいい、という至極当たり前な話。シンプルに言うと「同程度に酔うなら強い酒は少なめに、弱い酒は相対的に多めに」とすれば酔い方は同じレベルになるであろうということだ。実はペアリングにおいてもこれが基本の考え方となる。

ビール(約5%)で言うと285mlに相当するのがウイスキー(約40%)30ml、ワイン(約13%)だと100mlで同程度の酔い方となる。もちろん人による個体差は存在するだろうが(よく「シャンパーニュは酔いやすい」という人がいるがあれは信じられない。あんなんなんぼあってもいいでしょ)、ペアリングを考案する際に「ベースとなる分量」を提供した場合、「総量としてどの程度のアルコール量か」を意識することが大切だ。マティーニをビールジョッキで提供する店など存在しないのである(自分調べ)。

ワインペアリングにおける「ベース量」とその応用

まず「ベースとなる分量」を決めるのだが、僕個人のやり方でいくとすべての飲料をワインで構成すると前提した場合、「2人でそれぞれグラスシャンパーニュ+ボトル1本程度をシェア」の量をひとつの目安としている。750ml+120ml×2を2で割ると約500ml、このくらいを1人分の目安にして考え始めるのだ。

例えば7種類の料理にペアリングさせるなら平均して1アイテムあたり約70ml、10種類なら約50mlである。これをベースとして考える。ここで重要なのはベースというのはあくまで平均値であって、すべてのアイテムを同量ずつサービスしなければいけないというわけではない、ということである。むしろ提供される料理に合わせて分量をコントロールするという方が理に適っているのだ。また別の章で述べるがここをコントロールすることは「原価率」をコントロールすることにも繋がる。普通に考えて予算的に使えない飲料を使うこともできるかもしれないのだ。

例えばだがアミューズ(つきだしのようなもの)や前菜といった比較的ポーション(量)が少なく味わい的にも軽やかなものと、しっかりした焼きとソースのメイン料理(そう呼ばれるからにはポーションもそれなりにある)とでアイテムは違えど同じ分量の飲料をサービスした場合どうなるか。十中八九、前者では飲料が余り(多いと感じ)、後者では飲料が足りなくなるだろう。単純にこの両者のバランスを取るために双方の分量を5:5ではなく4:6や3:7、場合によっては2:8に設定してもよいのである。

ベースとなる量はあくまでコース全体を通して提供する総量を品数で割った平均値に過ぎない。シェフが考案し、実際に提供される料理の分量、そしてこのあと登場する「質感」や「味わい」によってソムリエがフレキシブルに飲料の量を変えることでペアリングや食事全体の満足度も向上するのである。

料理の質感とアルコール量の関係

ペアリングの飲料の分量を考えるうえで重要な要素は前述した「料理の分量」と「料理の質感」、そして「料理の味わい」である。「質感」は味わいと同様、前回お話した調理法に由来するところが大きいのだが、コースの流れや飲料の分量、また今回のテーマのアルコール量にも大きく影響するパートである。

例えばアスパラガスを使った料理で考えてみよう。柔らかなムース状に調理されたものとシンプルに茹でたもの、焼いたものではそれぞれ質感が異なることはご理解いただけるかと思う。そしてそれぞれ異なる質感に合わせて、究極的には合わせる飲料のタイプそのものも変わってくるはずだが、その飲料の適切な分量も大きく異なってくるのである。

ムース状の場合はスプーンで食べることができ、ほとんど咀嚼を必要としない(この「咀嚼」は僕にとって飲料選びや今回のテーマのアルコール量、飲料の分量を決定するうえで非常に大きな判断材料となっている)。茹でた場合は口に含んだ時点では滑らかなツルンとした質感ながら、噛んでみると繊維質がシャキシャキ弾け心地よい質感となる。焼いた場合は表面の水分が飛び、ややパサついた固い印象となり、噛む際にもパリパリとした乾いた質感から繊維質もやや固く感じられる。

「咀嚼」の必要のない質感の料理の場合、飲み込むまでの時間、僕はこれをしばしば「滞口時間」(かのマイケル・ジョーダンの滞空時間から拝借している)と呼ぶのだが、この時間が極端に短くなる。逆に「咀嚼」の必要のある料理は当然ながらこの滞口時間が長くなる。一瞬で口内から姿を消す料理に対してはそれほど多くの量の飲料は必要なく、長時間の咀嚼を必要とする料理、例えば焼いた肉料理などはそれなりの分量の飲料を必要とするわけだ。

料理の味わいとアルコール量の関係

料理の「味わい」で選択するべき飲料のタイプが異なるのは前回までの章でも説明してきたが、ペアリングにおいてこの「味わい」で飲料の分量を変えるべきだというのはより理解してもらいやすい話ではないかと推察する。ここでは「味わい」の中の特に「塩分」が重要なポイントとなる。

これは昔から人間が本能的に求めてきたことだが、「塩分の強い料理(ツマミ)には強い酒」と言えばピンとくる方も多いだろうか。僕自身の話でいくと例えば「へしこ」や「酒盗」などといった塩分濃度の強いツマミには問答無用で焼酎が欲しくなる。この国には「酒が進む」という言葉があるほどだが、その誉れ高き言葉を手にしてきたのはいつも「しょっぱい」「塩分濃度の高いもの」たちだった。

このように「塩分濃度の高い料理」「味わいの強い料理」には一定以上のアルコールが求められる(ここでは量というより度数)。コース料理でへしこや酒盗に匹敵する塩分の料理が出ることは想定しにくいので(これは構成上の問題)、塩分が強いと言っても他の皿と比べてわずかに、という程度になる。それに合わせる飲料もワインで言うのならばシャンパーニュよりもラングドックの赤がアルコール度の点においてベターだ、といったところだろうか。

ペアリングを「強制」にしない

最終的に何が言いたかったかというと、「ペアリングを考案するうえで全体のアルコール量をイメージする」「ゲストひとりひとりのアルコール耐性を見極め適正な量をサービスする」「料理の分量・質感・味わいによって必要な分量は異なる」ということで、これらを総じて「食事を通してゲストに満足していただく」という本来当たり前の目的のためにソムリエが腐心しなくてはならないパートはあまりにも多いということである。

日本には「供されたものを残さない」という美しい文化があるため無理をしてでも飲み切ろうとするゲストが多い。どれだけペアリングとしてうまくいっていたとしてもゲストが酔いすぎて帰りに気分が悪くなってしまっては本末転倒だ。時にソムリエ側から提案する本来の「ベース量」から逸脱したとしてもゲストが心身ともに満足していただけるように注意・観察を怠らないことが今も昔も変わらぬソムリエの本懐であり、いまだロジックを持たない若いソムリエにも充分に意識できることでもある。良いソムリエになることは実はそれほど難しいことではない。

・・・本来であればこの先にノンアルコールペアリングやローアルコールペアリングの話を盛り込む予定だったが(実はこっちの方が読み物として面白いのだが)やはり10分程度で読んでいただくという当初自身に課したお題から外れてしまうため泣く泣くカットしている。また10章すべて終わってから番外編としてお楽しみいただける機会を作りたい。

ではまた次回。

※ここにきてやはり書くよりも編む方が大変だと身に染みております。今回は10分でおさまってないような気がしてますがこれでも随分と端折った結果です。次回以降はよりテクニカルな話となるので乞うご期待。と言っても今回同様編集と更新に少し時間をいただくと思われます。そのあたりもよろしくお願いします。引き続き記事が気に入った方には投げ銭やスキをお願いします。※

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