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ペアリングのつくりかた⑥

⑥提供温度のコントロール


今回は前章で触れたアルコール量とも密接な関係にある「温度」についてのお話です。ご存じのとおり、「温度」はすべての飲料にとってその個性を最大限に発揮するためにとても重要なポイントです。ここでは「温度」の違いで飲み手にどのような印象を与えるのか、どのようにその個性が変わるのか、縦横の軸で考えた場合どのようにコントロールするのがよいかを解説していきたいと思います。

※全10章も折り返し、ボンヤリとですが全体のまとめ方が見えてきました。毎回たくさんのスキやいいね!、投げ銭に励まされています。前章あたりからどうしても端折らなければ10分程度の読み物にならなくなってしまう程にボリュームが増し、完結してから全編を有料記事としてアップすることにしました。同時にこの全10章も有料化することにしましたので(恐らく第10章を公開した翌日)、無料のうちにお知り合いには読んでいただけるようお勧めください。※

レストランの変遷・飲と食の近代史 
ペアリングはソムリエの「成功体験」のシェア 
マリアージュとペアリングの相違 
食材×調理×味つけ 狙いどころの考察 
意識するべき総アルコール量 
⑥提供温度のコントロール ⇦イマココ
ペアリングで演出する季節感
核となるコンビネーションの決め方
⑨核を取り巻く流れの決め方
⑩これからのレストラン、これからのソムリエ


飲料における「温度」の重要性

さて、皆さんは飲料の「温度」をどれくらい普段から意識されているだろうか?この記事を書いてるのはちょうど日本各地で梅雨も明けて殺人的な暑さが僕たちの全身に襲い掛かってきてるタイミングなのだが、やはり火照った身体を冷ますためによく冷えた飲料を美味しいと感じることだろう。

暑い季節には冷たい飲料を身体が欲しがる。逆もしかりで寒い季節には温かい飲料がありがたい。いまや皆さんの街に無数に存在する飲料の自動販売機の温・冷の季節ごとの割合を見ればそれは一目瞭然である。今回はもう少し踏み込んで、「飲料の温度」でどれほど我々がその飲料の本質を見誤っているか、またその本質を理解することがどれほど有益なことかという話をしたいと思う。

ワインの世界、特に日本のように優れたマーケットでは「どんな品種の」「どこで造られた」「誰が造った」ものかというのが第一に考えられ、続いて「それに相応しいシェイプ(型)のグラス」「デキャンタ(アエレーション)の必要性」が論じられ、最後に「理想的な温度」へと考察が続くことが多い。もちろんどれもワインを楽しむうえで非常に重要なポイントだとは思うが、この中で「どれかひとつ」だけ自由にできるとしたら皆さんはどうするだろうか?

恐らく「ワインの銘柄」を自分で選びたいという人が大多数ではないかと推察する。ワインに詳しい人であればあるほど「銘柄」や「生産者」によってどれほどそのクオリティに差があるかをご存じだからである。それほど詳しくない人の場合、「銘柄」とかはわからないけどせっかくだから綺麗で薄いグラスでいただいてみたい、という気持ちも充分に理解できる。

しかし、である。僕なら迷わず「温度」を自由にコントロールできる権利を選ぶ。どれだけ高級な、例えばロマネ・コンティやシャトー・ラフィットを飲むチャンスが訪れたとしても自分の意に沿わない温度、例えば真夏に室温に温まった状態などで出されたら口に含むことすらしたくない。同様にロブマイヤーやザルトのように美しく、そのワインに相応しい型のグラスを用いても上記のワインたちを冷蔵庫から出されてすぐに注がれた場合、曇ってしまうのはグラスだけではないだろう。

このように僕にとって飲料のサーヴにおいて最も重要なのは「温度のコントロール」なのである。究極の話、冒頭の話に出た自動販売機で購入する飲料であれば「温度」が適正でさえあればその飲料の銘柄にもこだわらないし(例えばペプシでもコークでもかまわない)、グラスすら必要としない。そのまま缶やペットボトルに口をつけて飲むだけである。

「温度」による印象の変化

あまり「温度」のことばかり持ち上げるのもアンフェアな気がするが、ここが適正な状態でサーヴされないとゲストの満足度は上がってこない、という点についてはご理解いただけたのではないかと思う。では実際に、「適正な温度」とはなにか、という話を少ししておきたい。

飲料の「温度が適正である」ということをもし一言で表現するならば「すべての点においてバランスがとれている」という状態のことである。飲料、それもワインのように複雑な構成要素を持つものであれば特にそこに精度が求められるわけだが「バランス」という点に着目してお話できればと思う。

例えば赤ワインの場合、飲料として温度で変わりうる構成要素はザックリ「香りの開き方」「酸のレベル」「タンニンのボリューム」「アルコール感」であり、それら全体を踏まえて最終的な「飲み心地」や「味わい」、「バランス」という言葉で語られることになる。

仮に温度が低い、冷蔵庫で長期間保存されていた赤ワインを飲むことになったとしよう。その場合、「香り」は閉じた状態で=香りが取りにくく、「酸」は尖った状態で=酸っぱく、「タンニン」はギシギシして=強く、「アルコール感」は感じにくい=低く感じるはずだ。それぞれの要素に対して「温度」が大きく作用した結果、「飲み心地」のバランスは大きく崩れてしまっているということになる。

逆に真夏のクーラーも効いてない部屋に放置された赤ワインを飲むことになったとしよう。この場合、「香り」は過度に開き=アルコール臭が強く、「酸」は落ち着き=感じなくなる、「タンニン」はまろやかに=ボヤけ、「アルコール感」はグッと強くなる=高く感じることになる。低温度の場合と同様に、「飲み心地」のバランスは崩れてしまっているわけだ。

「適温のスイートスポット」をどう狙うのか

そうならないために、常に「適正な温度」を心がける必要があるわけだが、実際に世界に無数に存在する様々なタイプのワインにおける適正かつ理想的な温度を把握することは非常に難しい。しかし一度でもワインにおいてこの「適温のスイートスポット」にはまったものを経験してしまうとどこまでもそれを追い求めたくなってしまう。それほどまでに雑に温度管理されたものとは印象が異なるのである。

と、ここまではちょっと気の利いたワインの本ならなんとなくは書いてあることだろう。ここからはちょっと視点を変えた話となる。温度によってワインの印象や味わいが異なるという当たり前のことをこれだけタラタラと述べてきたのには理由がある。最終的にここまでの話をどうペアリングに活かすのか、が本題であるからだ。

そのワインを美味しく飲むために「温度」が適正であるのは最低条件、というのは散々お話してきたがこと「ペアリング」においてどのように「温度」をコントロールするか、というのはまた別の角度から物事を考える必要がある。時に「スイートスポット」をわざと外すことで食事の流れや料理との組み合わせがうまくいくこともあり得たりするのだ。

僕がよく使うやり方のひとつを紹介すると(そんなに大層なものでもないが)、例えばメインの料理、即ちある程度ポーション・ボリュームのある料理に当てるのが赤ワインだとすると、実際の「スイートスポット」よりある程度低い温度からエントリーしてもらう。つまり僅かながらも「バランスの取れていない状態」でサービスをするわけだ。

ある程度ポーション・ボリュームがあるということは食べ終えるまでに時間を要する、ということで、その間にもグラスの中でワインの温度は上がっていく。「スイートスポット」よりも少しひんやり感じる温度でサーヴしたワインが食べ進むとともに「スイートスポット」に近づき、食べ終えるであろうタイミングでベストの状態になるように仕向けるのである。こうすることでエントリー時に感じた印象とその料理を食べ終えたときの印象に違いが生まれ、さらに後半に向けて向上しているのでゲストの満足を得やすくなる。

逆にポーションの少ない、一口二口で食べ終えられるアミューズや前菜であれば(分量のコントロールのところでも述べたが)、必然的に合わせるその一口が「スイートスポット」で提供されている必要がある。瞬時に細かい温度調整を必要とするため、ダイニングやサービスステーションにデイセラーやアイスバスケットを配備することでベストな温度での提供が可能となる。サービスは準備段階から始まっているのだ。

温度管理ひとつで信頼される店に

・・・よくペアリングを採用している店で使用されるワインが長時間ダイニングに置き去りにされてたり、逆にアイスバスケットの中でキンキンに冷やされているのを目にすることがある。僕自身スタッフや後輩のソムリエに最も厳しく(それほど厳しい先輩ではないと思ってるが)指導しているのがこの「温度」についてなので、そういう店ではペアリングを頼むことは一切ない。無難なボトルをリストから選んでゆっくり楽しむ方が気が楽だからだ。

かなり多くの同業者がこのnoteを読んでくれているらしく、いろんなところで声をかけてもらっているので敢えて言っておこう。もし僕があなたの店でボトルをオーダーしたならば、二つのパターンが考えられる。「そのボトルが飲みたくて仕方なかった」場合と「あなたの温度管理能力に不安があった」場合である。信頼できる店ではボトルでオーダーしても「あと2℃下げてほしい」等のリクエストがあるので結構わかり易いと思う。もしお店に現れた際は優しく接してもらえるとありがたい。

ではまた次回。

※前回同様、ここにきてやはり書くよりも編む方が大変だと身に染みております。今回も10分でおさまってないような気がしてますがこれでも随分と端折った結果です。次回はテクニカルというよりパーソナルな話となるので乞うご期待。と言っても今回同様編集と更新に少し時間をいただくと思われます。そのあたりもよろしくお願いします。引き続き記事が気に入った方には投げ銭やスキをお願いします。※

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