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海辺のカフカ - 感想



概要

海辺のカフカ 上・下 / 村上春樹
新潮社 / 2002/9/12発売

媒体    Audible(1.4倍速)朗読 木村佳乃
読書時間  23時間
好き度   ★☆☆☆☆
おすすめ度 ★★★☆☆


あらすじ

15歳の中学生の主人公、田村カフカが父の呪いを解くため家出をする成長冒険譚。本作には現界と冥界の概念がある。主人公は冥界に引き寄せられ、運命に導かれるまま冥界と結びつきのある人々に出会う。もう一人の主人公、老人のナカタは冥界と結びつく人の一人だ。彼の人生と、天啓によって課せられた役割、田村カフカとの交差を辿る。


読むに至った経緯と感想

著者の作品を読むのは初めてだった。わたしは村上春樹に対し苦手意識があり、避けていた。映画「ドライブ・マイ・カー」の冒頭のむせ返るような性の会話に気分が悪くなり、鑑賞を中断したのがその理由だった。

本書はAudibleで読んだ。Audibleなので、「読む」というより「聴く」だが、以降も統一して「読む」とする。
作業中は耳が暇で、YouTubeのニュースを流していたのだが、ネガティブなニュースが多く気が散ることが多かった。そこでAudibleを導入してみることにした。Amazonのヘビーユーザーなので、パーソナライズ広告でたまに目にしていた。Audible会員聴き放題2ヶ月無料体験とのことであっさり入会手続きをした。

そこで人気作としてすぐ目に飛び込んできたのが、「海辺のカフカ」上下巻である。未読状態の苦手意識は、不合理なものとしてわだかまりがあった。聴くのは読むよりも心理的ハードルが低かったのですぐに読む決心ができた。
4日ほどで読了した。冥界や、冥界に近い人・ものの概念は、民間伝承や神話を連想させ想像がしやすい。また、ファンタジー(冥界)とリアル(現界)のぼやかし方がとても巧みに感じた。ぼやかされ繋がり辛くなった部分を知りたいという気持ちで読み進めることができた。
ただ、登場人物が語る人生哲学・芸術観、性描写、それらに伴う文体や台詞回し、この辺りが全く受け付けなかった。この部分は特に著者らしさが出ている部分だと思うが、わたしには楽しめなかった。


登場人物が語る人生哲学・芸術観について

登場人物が口々に語る哲学は、中学生の主人公カフカに大人が諭すようなものと、もう一人の主人公老人ナカタが行動と語りを持って教えるものがある。
ナカタは中身が冥界の人なので冥界の道理で現界に生きる。そのため、真理に近い人、例えばキリストのような、一人の教祖のように描かれることがある。
会話のほとんどはそういった「教え」に向かうので、文体や台詞が自然と「教え」に沿った問答になる。現実世界の会話には無い「教え」の連続だが、どこかで聞いたような内容ばかりだ。登場人物の会話としての意味はあまりなく、著者が語りかけてくるように思えてくる。端的に言えば、説教くさいので飽き飽きしてくる。(説教なのだから当たり前か。)
しかも、作品の雰囲気を作るがストーリー上大きく関わらない。芸術についてもそうで、具体的な作品や製品がいくつも登場するが特に話に関係しない。現界にある確かな物体という表現で固有名詞を出しているのかもしれない。しかしそれにしても多すぎて、著者がそういった物に執着をしているように思えた。
冥界に引き寄せられる主人公にとって、芸術と人生哲学の語らいだけが現界との結びつきで、それを反芻して思考することが冥府への入り口を見つけることである、と解釈した。しかしその、芸術に触れ自分の哲学を持つことが高尚であり、何をおいても重要でその発見こそが人生の意義というような考えは全く好きになれない。
主人公は途中、森林の中で日光浴をし、水を汲んで自炊し、小説を読んで暮らす。そこで思考し、人に思いを馳せ、冥界へ足を踏み入れる-悟りを開くことになる。
ここでは、著者の中の理想とする、原始的で人間らしい、「健康で文化的な最低限度の生活」が描かれているのだと思う。だが、現代における「健康で文化的な最低限度の生活」は、仕事の後買った惣菜を食べスマホをだらだらと見て、へーと思うことだろう。この理想と現実はかけ離れているようで、実は行動としてはほとんど同じことをしている。主人公の森林セラピー生活は高尚で素晴らしく、それだけが悟りへ導くように描かれるが、それは本作の中だけの価値観である。わたしはスマホを見続ける日々の先にも悟りはあると思っている。


本作における性の役割について

本作では際立って艶かしい性描写が多くある。
性欲は現界に生のきっかけを作る、冥界のものに近いシグナルだと解釈する。主人公カフカが生まれた経緯、育った環境は、冥界と現界が不当に繋がった歪みの中にあったので、冥府に強く引き寄せられる。
第二次性徴を迎える主人公は旅の中で性のシグナルにも翻弄され、女性を介して冥界と繋がっていく。本作の世界観では女性と男性の役割も違う。男性は冥界や現界の旅人、女性は冥界との繋がる子宮を持つもの。したがって、性行為は男性が冥界に繋がる悟りのきっかけになるように描かれている。
世界観としても、主人公の旅としても重要な出来事であるのがわかるが、生臭く読むのが辛かった。生臭さはあえてそうしていると思われる。性行為自体に意味を持たせようとしている著者の態度か、冥界のシグナルとしての側面が登場人物の心理と乖離していることか、独特な描写そのものか、まぁとにかく、好きではなかった。


総括

冥界や現界という二軸の世界観は堅牢で、間を朧げにぼかしながら読者に端を掴ませる巧みさがある。
一方で、登場する作品や製品、それを評価する価値観は旧時代的で、登場人物の人生哲学はお説教じみているように感じた。作中でも象徴的とされる人やもの、概念の配置は世界観の中で確かなように思えたが、描写や文体がそれに沿うようになり、それだけを見ると登場人物と乖離しているように思え、生臭ささえする。そしてその先に著者の像が見え、わたしは好きになれなかった。
このような感想が出てくるのは、世界観と文体が一体となっている故であり作品としての完成度は高いと思われる。決しておすすめできないわけではない。評価は好みや価値観の個別の問題になると思う。
また、「説法」に沿う文体は一つ一つの文章が短く、誰が言った、あれがある、など都度明確に描写するため、朗読と非常に相性が良いと感じた。木村佳乃氏の朗読は滑舌が良く、登場人物によって声色や喋り方を変えているので、倍速にしても聴きやすかった。Audibleで読書することを実体験からおすすめできる。
本作は著者の他の作品と世界観を共有していると目にした。世界観は良かったので、耳が暇だったら他の作品も読もうと思う。

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