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Biotechビジネスアイデア創出の基礎-前半

昨今、どういうわけか研究者にスタートアップをしろという圧力が高い。研究者になりたい動機は人それぞれなので、承認欲求が高いヒトはピッチイベントで注目され、研究費も獲得できてハッピーになる。一方で自分の肉眼では簡単に見えない現象や、通常の感覚では獲得できないような知見に、様々な手法で世界で初めて自分が知ることになる。そんな実験科学の醍醐味に魅せられたヒトには、なんで必要以上にお金の話をしたり、自分のこれまでの考え方を否定されるような「メンタリング」とかを受けさせられるのか、うっとおしくて仕方ないと思う。さらに産学連携の人たちには「先生たちがその分野のエキスパートですから」と言って事業計画を書くところから丸投げされることが多い。そんな研究者に向けて、筆者が研究成果の事業化を考えるときに使っている方法を共有する。

餅は餅屋に、の前に

研究成果の実用化については指南書はないことなない。しかし基本的に開発する製品のアイデア自体は研究者が創出できるという事になっている。でも本当にそうだろうか? まず大前提として上述のように実用化に興味のある研究者とそうでないヒトがいることをはっきりさせておく。さらに、この実用化云々には研究者だけにそれほど大きな負担をかける必要ないと筆者は思っている。大変申し訳無いが、これまで10年間で1000回以上、様々なスタートアップのアイデアやそれなりに成長してきたスタートアップの事業計画の支援をし、自分でも片手程度のスタートアップに直接関わってきたが、最初からまともなアイデアに遭遇したことはほぼない。そもそも開発と言う言葉すらよく知らない研究者たちが出すアイデアはビジネスからは程遠い。研究者だけが必要以上にコミットし、無理をして事業計画を作ることにメリットはあまりないと言える。ごくまれに瞬間最大風速で研究者が経営者として成功したように見えるケースもあるが、実態としてはやはり経営はプロが担うべきだ。そのためには事業計画はプロの専門家たちが総力を集めて考えたうえで、その魅力を理解したプロの経営者を招聘するというステップが望ましい。米国ではいわゆる「シリアルアントレプレナー」と言う人が数多くいるが、その人達も会社登記からIPO後までを一気通貫でフルコミットした経験が複数あるというわけではない。研究者と一緒に手作りの会社を作るのが得意な人、その後のシードファイナンスが得意な人、VCとの付き合いが上手い人、治験やその後の販売が得意な人、それぞれが別のモードで異なる役割でCEOを務める。この前提を持って、以下の文章を読んでほしい。

医療現場は、開発の起点であり終点でもある

直接疾患に関わる臨床医学研究の場合

臨床医学者の場合、基礎研究だけに専念する基礎研究者とは時間や場所、手法や研究費に大きな制限があることが多い。一方でClinical QuestionがResearch Questionと近く、研究内容がそのまま治療法に繋がるというケースが多い。本稿では創薬・細胞治療を念頭に述べるが、ちょっとしたアイデアから実用化に至る医療機器や診断技術の研究が多いことがこの分野の特徴だ。臨床データへのアプローチも容易で、最近流行りのAIとも相性が良い。Biotechにおいてもこの臨床の知見に基づいた細胞レベルの実験や、場合によっては患者検体を使っての遺伝子変異、エピゲノムの解析、その他生体成分の解析など、それほど最先端の光学機器でなくかつ大規模な実験でなくとも、そういう現象が人間の体内で起こっているという事実の持つインパクトが大きい。こういった背景から、以下のような事例が見られる。

  1. 再生医療、細胞治療

  2. 酵素補充療法などの、生物製剤

  3. ゲノム研究、mRNA研究からの核酸医薬、遺伝子治療

  4. 抗体医薬品と、ADCなどのその派生

これらの多くは様々な生体成分の分析手法の発達により得られる研究成果でもあるので、これらの現象を検出するための診断方法の確立も加わる。

基礎医学研究者の場合

医師免許を持っていたとしてもバイトで患者さんと接する程度と言うケースが殆どだという基礎研究者の場合、臨床との接点と自分の研究との関連は希薄なことが多い。薬学出身者や筆者のように理工系出身Ph.D.に至っては臨床現場のことなど想像もつかない。この手の研究者の場合はがん、免疫、神経といった専門性を持っていると言っても実際には、ゲノムや細胞内シグナル伝達、細胞生理、発生生物学など、極めて根源的な生命現象と向き合っている。そのために自らの発見は疾患との関連があることはわかっていても、実際の現在の医療課題とは遊離していることがほとんどだ。そんな中でも以下のような研究がこれまでBiotech分野での製品に結びついてきた。

  1. iPSC、siRNA、ゲノム編集などに代表される細胞の持つ能力の新発見

  2. mRNAワクチンで実用化された核酸・タンパク質など生体分子の制御技術

  3. 細胞周期、細胞分裂研究などから判明するがんや細胞分化に関わる発見

  4. 細胞研究、プロテオミクス研究からの酵素阻害剤・活性化剤、タンパク質分解促進剤(PROTACなど)

  5. 細胞研究からの受容体、チャネル・トランスポーター阻害剤

これらの研究は一見実用化に近いように見えるが、長年かけて実用化研究に至った事例を元に記載しているので、完全に新しい概念の研究についてはここには触れられていない。また、iPSCなどに見られるように、実際の臨床応用を鑑みると疾患研究からかなり遠いところでの研究成果であるため、疾患に関わる現象の説明には役立ったり、莫大なコストをかければ実現可能性はゼロではないとはいえ、開発の上でリスクが大きくビジネスとして成立させるにはよほど大きなアンメットニーズがあるか、数多くの開発リスクをうまく回避する事業計画が必要となる。

臨床 vs 基礎?

上述の2者を比較すると、臨床は比較的直接疾患の原因や治療への道筋にアプローチする手法だが、モダリティーとしては新規でその開発自体には工学のエキスパートの巻き込みが絶対必要だ。当然費用も高額になる。必然的に治療法のない末期治療か、先天的に大きな課題を抱える極めてアンメットニーズの高い疾患を対象とすることになる。一方で基礎の研究成果は、まず発見した現象と、それに関連する複数ある対象疾患の中で、どのターゲットにアプローチをするかをまず設定しなければならない。とりあえず論文執筆のために予算の範囲内で動物実験を行っているケースが多いと思うが、そのモデルに関連した疾患しか検討しないというケースがほとんどだと思う。多くの場合基礎研究者のアイデアをそのまま製品にすると「どんながんでも治せます!」とか、「高感度、高精度で早期診断ができます!」というケースが多い。これを臨床医と一緒に議論すると、そもそも分子標的医薬が著効しているがんだと意味がないとか、治験の規模がバカでかくなるとか、自覚症状もない対象者にどうやって検査を受けさせるのか?など、いくつも疑問が出てくる。 とはいえ、これらの非常に遠いと思われる基礎と臨床はいずれも医学の発展のために動いているので、必ず接点は存在する。その道筋を遣って製品の構想方法について議論を進める。

一人で考えない、エキスパートを集めて議論を繰り返す!

因数分解ーMagic Number Seven!

ここまで書いてきたことは、過去に開発された製品を念頭に書いている。というか現在の研究分野というのは過去に何らかの治療につながる研究を実施してきた経緯を持っていることがほとんどなので、正面から研究成果に向き合っても、ある意味これまで以上の応用方法は考えにくい。ただ、眼の前の研究成果を見るときに、過去の研究の経緯の延長線上ではなく、疾患における一生命現象として改めて見直してみることをぜひ行ってほしい。これは自分ひとりでは不可能で、できればある程度事業化のセンスを持っている開発のエキスパートと、臨床、基礎双方の他の分野の研究者、開発者などを含めて議論してほしい。筆者は良く「因数分解をする」と言う表現をするが、眼の前の現象を時系列や関わる分子(プレイヤー)の動きなどを異なる時間軸、スケール、臓器などをベースに考え直す。これは1回や2回では効果がない。筆者の経験ではだいたい5−6回目から突然議論が活性化し、全く違う結論が出せることがある。その上で、自分たちの保つ技術の強みを改めて見直し、場合によっては他社の技術と組み合わせることによって、まず最も恩恵を受けるであろう疾患の患者さんの姿を描いていく。いきなり一つには絞り込めないので、複数の疾患を想定し、候補として同時並行で検討を進める。

Target Product Profile

これを行う上で重要なのが、アンメットメディカルニーズの適切な分析だ。まず標準治療のフローを書き出し、現状の治療法の上で最も課題となっているところを議論する。当然専門医のインタビューが必要となる。幸い医学教育の現場では各診療科の効率的な学習のためにチュートリアルというワークショップ形式の授業があり、特定の患者さんの発症から各種治療を受けるシナリオを使って医師としてのトレーニングを行っている。臨床医にはインタビューを通じてまず彼らの業務の中の一番の悩みを引き出したうえで、こういった患者さん個人の姿をナラティブに従って語ってもらうとよいだろう。できれば複数の臨床医の話を聞いて現状の医療環境を理解し、その環境に合わせた治療法をまず想定する。この時点ではアンメットニーズと研究成果から想定しうる製品スペックにはかなり距離がある。ここを埋める作業が製品企画と開発戦略の醍醐味であり、一見難しそうに見える開発を、リスク分散していかに早く安く仕上げるか?が開発の醍醐味だ。これらの作業行う際にTPP(Target Produce Profile)と呼ばれるチャートを使う、元々はFDAが申請された新薬の審査を円滑に行うために、製品のプロフィールを医薬品の添付文書に近い形で表現するように要求したものがテンプレートとなっている。このチャートを使って粗々の想定製品スペックを作成し、開発計画立案とチーム内での意識共有に活かす。

とはいえ、どんな方向性があり得るの?

ここまでは手元の技術をベースにした方法論を述べたが、とはいえ上述の技術を元に、可能性のあるBiotech製品開発のシナリオを書いてみる。

Biotech製品企画のシナリオー臨床医学研究者編

再生医療、細胞治療の場合

これは比較的事例が増えてきたが、複雑な構造を持つ臓器であればあるほど、製造だけでなく移植方法も難しくさらには、その効果を検証する治験のデザインも難しくなる。実際に固形臓器そのものの再生は長年検討されているが実際にはまだモノになっていない。まずはシート状やスフェロイド状の移植片を機能不全となっている臓器に投与する方法が多い。一方で臓器の機能を模倣すると言う意味では非常に優秀な技術であるため、低分子やその他の医薬品の評価基盤として使用するケースも考えられる。この手の医薬品評価技術は比較的大手企業との連携の可能性は高いが、問題は大きくても数千万円/件程度の売上にしかならず、さらに一通りの検討が終わってしまうとその後の継続は極めて困難だ。そのかわりに自社で低分子医薬品や抗体医薬などを手掛けるという方法もあり、今後は再生医療スタートアップの戦略としては固形臓器と医薬品というパイプライン構成の会社が増える可能性もある。

細胞治療ではCAR-Tおよび血球系の細胞を用いた治療法の開発も盛んだ。こちらは未だに製薬各社の注目度も高く一見すると非常に進めやすいように思われる。しかしそれであるがゆえに競争の激しい状況であることを理解して欲しい。CAR-Tは10年以上前に萌芽的なプロジェクトが出てきた段階で各社が2-300億円規模の投資をして貪欲に新しい技術をどんどん取り込んできた。そういった強豪がひしめく中で、どんな特徴を出していくのか?そして巨額に膨らむ開発費用をどこで調達するのか?(国内で可能なのか?)など、課題は山積している。

酵素補充療法などの、生物製剤(及び一部の遺伝子治療)の場合

先天性の遺伝子異常などに起因する単一遺伝子疾患の場合、正常型の酵素そのものを補充するという比較的シンプルなアイデアを持つ研究者は多く、小児の希少疾患で特に行われている。ただ、生物製剤は製造原価が高額にも関わらず多くが非常に患者数が少ないことが多い。国からの支援制度のお陰で商売として成立する規模感の疾患から事業化が進んでいるが、それより小さい場合は究極の個別化医療として全く異なる「ビジネスモデル」から考える必要がある。こういったときに知っておいてほしい方向性が2つある。

新薬の届きにくい小児希少疾患には、政府の助成制度活用の可能性も

一つは米国FDAではオーファンドラッグ指定におけるバウチャー制度(Rare Pediatric Disease Priority Review Voucher Program)というもので、一つの希少疾患の製品が承認されると、その企業が「優先審査バウチャー」というのをもらえる。このバウチャーは譲渡が可能で、一時期は400億円もの価値がついたこともあったが、現在では120-200億円程度で推移しているらしい。まずは自分が検討している疾患がこの対象になるかどうか、確認することが開発戦略を考える第一歩となる。もう一つは第一のターゲット周辺の二次的な介入の可能性と、類似疾患との関係性だ。ターゲットとなる遺伝子がわかっている場合、その機能も推測できる。その分子の上流あるいは下流の機能を持つ分子が存在している場合、それらの機能にあわせて製品の企画を行う可能性がある。多くの場合、研究者が既に論文発表をしているので、「こっちのターゲットで進めるしかないんです」というところで議論が止まることが多い。しかし海外の希少疾患専門のベンチャー企業と議論すると、「自分たちはありとあらゆるモダリティとターゲットを駆使して、目的とする疾患の治療法を検討する」らしい。実際に低分子から抗体、遺伝子治療に至るまで、様々なモダリティの開発を手掛けている。ターゲット分子周辺をくまなく探し、介入のより容易なターゲットを見出してほしい。そしてその二次的なターゲットが別の類似した疾患にも関わりがあるとしたら、一気に市場規模を大きく考えて開発費用拡大に耐えうる計画が組めるかもしれない。

ゲノム研究、mRNA研究からの核酸医薬、遺伝子治療などの場合

希少疾患と重なる所も多いが、どちらかと言うと基礎研究の中からこれまでアプローチできなかった遺伝子異常にアプローチできるようになったとか、RNA関係の分子を創薬ターゲットとできるようになった、と言う話が多い。mRNAワクチンについてはノーベル賞にもなったように、実現の方向性によってはインパクトは大きい。この手の技術は一つの疾患だけを対象とすると言うよりは、分析技術として様々な疾患ターゲットの新たな発見につながったり、ドラッグデリバリーや遺伝子デリバリー技術と組み合わせてこれまでアプローチできなかった臓器やがんなどへのターゲティング、免疫反応の回避などを可能とすることが特徴であったりする。

このときに悩ましいのは、この手の研究はがんや炎症性疾患、生活習慣病関連で行われていることが多く、応用の可能性が広範に渡るということだ。多くの場合「あれもできる、これもできる」という事業計画が立案され、様々な専門家へのヒアリングでも好感触、製薬企業の反応も良い。なので投与の予定通り開発を進めて新薬の開発に邁進し、さらに共同研究を元にサービス事業でも受注がいくつもある状況になる。気をつけなければならないのは、批判的な声が出にくいので当初の予定通りで計画が進行する点だ。そのために実際に非臨床試験、臨床試験に進もうとするときになって、専門家の厳しい意見を取り込んでいないために実際の現場の課題を把握しきれていないことがある。サービスを提供するとしても、先端技術であるがゆえに研究者の個人的な能力に依存しており、共同研究の依頼の数に反して受託事業の売上は伸び悩むことも予想される。強力な強みをマネタイズしかねるという状況だ。いわゆる「アントレプレナーシップ」を指導するメンターたちからは、眼の前の売上をどうやって伸ばしていくか?という支援が多く得られるが、それでは四半期ごとの売上は確保できても、大きなゴールに向けた開発戦略を牽引することはできない。

東証へのIPO基準の人参につられて大企業との提携を早期に実現してしまうことのネガティブな一面がここにある。筆者としてはここはグッとこらえて、とにかくまず1つ臨床入りのできるパイプラインを作り込む計画を立てることをおすすめする。そうすることで自社技術が得意な疾患領域や、臨床現場での本当の課題について知ることができ、製薬企業ですら持っていない情報を蓄積することができる。

抗体医薬品と、ADCなどのその派生の場合

これについては、サイトカインや細胞外分子、細胞レセプターなどに関わる研究から多くの創薬アイデアが出やすい分野だ。最近ではADC(Antibody Drug Conjugate、がん細胞などを特異的にターゲットできる抗体と細胞を殺す抗がん剤の複合体技術で少ない副作用で高い効果が期待できる)やBi-specific抗体など新しい技術が実現している分野でもある。当然競争も激しいので、ここでは特定のターゲットだけで勝負するよりは、抗体の修飾技術や生産技術などと組み合わせて、複数のターゲットをパイプラインとして保有した事業戦略を組むてもある。ターゲットが極めて特徴的だとすればかなり早期でも製薬企業が食いついてくる可能性もあるので、そんないい条件があるときにわざわざリスクを取ってスタートアップをする必要はないと思う。一方でどんなにターゲットが良くても、抗体の選択、生産、非臨床、臨床試験など、様々な開発リスクを乗り越えてシングルパイプラインだけで生き残るのは容易ではない。思い切ってタンパク質工学や、製造技術を持つ工学系の研究者とともに事業構想をねってみるのも面白いかもしれない。

さて、ここまで臨床関係の研究成果の事業化をパターン別に検討してみたが、ここまででもかなり長文となったので、後半は稿を改めて基礎系の研究成果の実用化について語ることにする。



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