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「特変なし」「お変わりありません」は貴重な情報がある

■ 介護記録によくある「特変なし」


介護記録に「特変なし」と書くスタッフがいる。
職員同士の申し送りで「お変わりありません」と伝えるスタッフがいる。

これらの意味するところは・・・

「特別なこともなく、利用者はお変わりなく過ごされてました」
「大きな異常もなく、いつもと同じお体の状態でした」

・・・という報告である。

介護サービスを提供していて、変わった出来事や状態異常を発見することはあまりない。

「いつもと同じ」「変化がない」だって大切なことであり、変わらない日常を継続・維持することをお手伝いすることも介護の役割だと思う。そこで「特変なし」「お変わりありません」という言葉を使うわけだ。

しかし、昨今の介護記録のあり方として、特に「特変なし」を用いることは推奨されていない。

それはなぜかと言うと、「特変なし」つまり「特別な変化はない」ということは主観によるからだ。

同じ場面を2人の介護職員が立ち会ったとして、Aさんは「いつも通りだな」と思っても、Bさんは「あれ? いつもと何か違うな」と思うかもしれない。

すると、サービス提供をした相手である利用者に対する捉え方が変わってしまう恐れがある。「特変なし」で片づけることにより、その後のサービス提供に影響するのは考え物である。


■ 「特変なし」への対処法


――― では、「特変なし」という主観的な介護記録や報告にならないようにするためには、どうしたら良いのだろうか?

1つの方法として「出来事をそのまま記録(報告)する」ということだ。

例えば、利用者が取り込んだ洗濯物をたたむ作業を手伝ったならば、「洗濯物をたたむ作業を手伝った」と記録(報告)すればいい。

そこで「いつもどおり洗濯物をたたむ作業をしたから」として「特変なし」「お変わりありません」と片付けてしまわないのだ。

もう1つは「特変なし」「お変わりありません」という言葉を、その事業所のNGワードにするというのも有効である。

これらの言葉は便利であるため、「自分が行ったサービスにより、利用者にどんな価値を与えることができたのか?」を考える機会を奪うことになる。

自分の仕事(サービス)を通じて、利用者の変化と向き合うことは1回1回のサービスで必要だと思う。

そのために「特変なし」などの思考停止ワードを禁止するのだ。

また、記録における根本的な話となるが、「空欄を埋めなければ」という強迫観念から抜け出すことも必要かもしれない。

提出された介護記録を見ていると、たまに備考欄にも何か書かなければいけないと考えて、そこに「特変なし」と書く介護職員がいる。

だからと言って、その「特変なし」に介護記録の情報として価値があるのかと言えば、残念ながら皆無である。


■ 「特変なし」を深掘りする


しかし、「特変なし」「お変わりありません」は、あなどれない。

矛盾するようなことを言うが、ここまでの内容はあくまで介護記録の文字としての「特変なし」に価値がないという話であって、「特変なし」にも価値はある。

「特変なし」にも価値を持たせるためには、上記でお伝えしたように「出来事をそのまま記録(報告)すること」が基本となる。

ここでのポイントは、サービス提供をした報告者にとっては「いつもどおり」であることを、報告を受ける側が深掘りして聞くことだ。

深掘りして聞くことにより、「特変なし」だけではイメージできなかったその場の情景が具体化される。

例えば、介護施設において夜勤者が、Xさんという利用者の夜間中の様子を「特変なし」という報告で済ませたとする。

このような場合、私は「トイレには起きるのですか?」「夜間中はちゃんと眠っているのですか?」「オムツ交換のときの様子は?」など聞く。

すると、そこから「ああ、夜間はトイレに何回か起きますね」「日が変わるまでベッド上でもぞもぞしてます」「オムツ交換時でも目を覚まさないです」といった回答が来る。

そこからトイレに向かうときの歩行状態(転倒リスク)や、眠剤の有効性、オムツ交換時の介助法などを検討することもできる。

内容によってはカンファレンスでケアプラン作成に活かしたり、ご家族や医療従事者とも情報共有することもある。

「特変なし」を深掘りすると、相手にとってはいつも通りでも、その場にいない関係者にとっては貴重な情報であることもある。

そのため、自分視点で「特変なし」だけで終わらせず、「もしかしたら、他のスタッフは知らないかも」「一応報告として、管理者の耳に入れておいてもらおう」と、一歩踏み込んだ記録(報告)があっても良いと思う。


――― このように考えていくと「特変なし」「お変わりありません」だけだと、情報共有や物事を検討するための記録や報告として不十分であることがご理解いただけたと思う。

いや、不十分というか、もったいないと言ったほうが正しいかもしれない。

自分の手で行ったサービスを報告するための介護記録なのだ。せっかくだから、「特変なし」という無味無臭・無価値な記録から、価値ある情報を関係者へ伝えるという思考をもってみてはいかがだろう。


ここまで読んでいただき、感謝。
途中で読むのをやめた方へも、感謝。

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