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短編小説「瓦せんべい」①

■発見
月刊誌「告白 GOMEN」が売れていることは知っていた。だが、妻がそこに自身の浮気を告白していることを知って、激しく動揺した。いや、動揺なんてもんじゃない。今でも、書店の傍を通るだけで、左手が小刻みに震え、自然に小走りで通り過ぎる。
そりゃ、こんな時代だから誰が誰を好きになろうが、それほど驚くようなことではないかもしれない。でも・・でもだよ。よりによって、なぜ僕の妻なんだ!なぜ雑誌なんだ!告白するなら直接言えばいい・・。って、話す訳ないか。なぜ告白を雑誌に投稿しようと思ったのか。ただ、それを知って、自分が何をすればいいのか、どうするべきなのか、全く考えが先に進まない。まず最初に浮かんだのが「離婚」なんだけど、妻から直接聞いた訳ではないので事実かどうかも分からない。それよりも、僕は妻のことを愛しているのだから離婚する気などそもそも無い。妻は本当に浮気をしたの?自分で悩んでないで聞けばいい・・。問いただすべきだろう。でも、聞けるものか。もし本当に浮気してると言ったら、その先どうすればいい?弁護士に相談する?離婚するの?それとも我慢する?息子にはなんて言えばいい?

■午後の陽だまり
毎週日曜日は、ほぼ同じルーティーン。息子が東京の大学に進学して一人暮らしを始め、今年の4月から夫婦二人になった僕らは、7時半に起き、8時にテレビを見ながら朝食。メニューは、毎回サラダとスープ、チーズトースト、それにコーヒーと決まっている。妻は、洗濯機を回してから、ミルでお気に入りのトアルコトラジャ豆をゴリゴリ廻す。僕は朝刊を取ってきたら、アボカドサラダを作りながら冷蔵庫から作り置いたベーコンと玉ねぎのコンソメスープを取り出し、鍋で温め直す。オーブンに、とけるチーズを乗せたパンを二枚並べ、2分半。チンの音と同時に全部完成。簡単だ。
妻は、陶器まつりで購入した真っ赤なコーヒーカップがお気に入りで「やっぱり、朝は、この赤よねぇ・・」と毎回呟きながらテーブルに準備する。
「ほら!食事中は新聞読むの止めてってば!」
「今日は、コーヒー美味しくはいったわ・・」
「あら、あの店行ったことあるわ。でも、あんなにサービス良くないのよ。テレビと私たちとじゃ、サービスは違うに決まってるか」
いつも一方的に会話が進む。一方的だから会話とは言わないかも。
家ではいつ頃からか口数の少ない夫・・になってしまった。
息子が高校に入った頃の「おやじうるさい!」がきっかけだった。
いずれにせよ、余分な事はなるべくしゃべらないように、している?なってしまった?ま、どっちでもいい。そう思われているのなら、それもそれで楽なんだから。
妻の化粧やら洋服決めで時間が過ぎ、10時半になると書店に出かける。歩いても行ける距離だが、その後のランチにも行くので車で出かけている。車にはそれほどこだわりは無いが、今乗っているのは、燃費の良さや国産車以外がいいと思って雑誌で見つけたゴルフのハイブリッド車だ。価格の面でも気に入って、納車されたのが2ヵ月前。まだ遠出はしていないが、出来るだけ慣れたくて、今日も車。
書店の駐車場は50台ほど停められる広さだが、この時間は、ギリギリ停められるか、少し並ぶか。今日は幸い、出入り口近くの車が丁度出るところで、ラッキーだった。
この地区ではかなり大きな書店なので一旦店に入ると、二人はそれぞれの売り場に向かい、どちらかが携帯で呼ぶまですれ違うこともない。僕のローテーションは、スポーツ雑誌、ビジネス本、歴史小説。今日は地政学と若冲の2冊。レジを済ませスマホを手にしたら、妻が目の前にいた。
「おっ」
「珍しくタイミング一緒だったわね」
「じゃ、行く?」
「もちろん」
書店から5分程のところにある家具とインテリアの店に。この店に連れて行けば、機嫌は大抵良いのだ。インテリア大好きな妻は、何に使うのかシールフェルトと小さめのプランターを抱え嬉々として店を出た。今日は買う物に迷いが無かったのか滞在時間は30分。車は、その店の駐車場に勝手に停めさせて頂いたまま、隣のイタリアンカフェに。
ここまでは、先週と先々週と、全く変わらぬローテーション。
そして注文するメニューまで同じだ。
「えーっと、こちらはラザニアで、僕は本日のパスタ。二人とも食後にコーヒーよろしく。ホットで」
しかし、今日はここから違っていた。
妻がラザニアを食べながら、買ってきた雑誌を読んでいたと思ったら、突然笑い出したのだ。それも、店内に響き渡るような大きな声で。周りの客も店員も一斉にこちらを見た。
「おいおい、どうした!ちょっと!おいって!」
笑い終わった妻は、深呼吸して
「ここ、読んでみる?」
少し微笑みながら、読んでいた「告白 GOMEN」10月号を差し出した。

■恋のはじまり
『私はいつからか、少なくとも子どもが高校生になった頃から、夫の事のことを愛せなくなった。特に喧嘩をした訳でも、夫が浮気した訳でもなく、嫌になった特定な理由があるのではないが、愛せないというより関心が無くなったという方が近いかもしれない。それは、私に関心が無くなった夫のことをどうでもよくなった・・と言う方が正しいかもしれない。
でも、自分が浮気するなんて全く想像もしていなかった。そもそも自分にそんなに勇気がある訳がない。そう思っていたし、不倫をしている友人もいたが、自分には遠い話しだと思っていた。そんな私が、夫以外の男性を意識するようになったのは、毎週日曜日に行くインテリアの店でのことだ。その男性は、私より10歳以上も下に見えるショップの店員だ。毎週決まった時間に行くので、いつの間にか顔を覚えていてくれ、私の好きな小物のことも詳しく説明してくれるようになったいたのだ。
ある日のこと、近所のママ友3人でランチをすることになって、日曜によく行くイタリアンカフェに行くことになった。真弓は、健太が小学1年の時の同級生亜里沙ちゃんのママ。そして、咲良は、健太が中学受験をする為の塾仲間洋一君のママ。以来、3人は共通の悩みや子育てのことやら何でも話せる友人となっている。真弓は今は働いていないが、元は放送局の契約ディレクターでマスコミの事は今でもとても詳しい。咲良は、フリーランスのデザイナーをしていて、上期の仕事が一段落した時期だそうで、今は融通が利く時期なんだそう。
私は市民病院の医療事務をしているので、休みは日曜と、あともう一日は平日の任意の一日。月ごとに曜日は事務職の中でローテされていて、今月は私は水曜日だった。
その日は少し暑いと思ったが天気も良く、友人と自転車を漕ぐのもさほど苦痛ではない。
日曜と違って、平日はランチセットが8種類もある。私はカニクリームコロッケのBセットを注文した。いつも日曜に食べるラザニアは・・』

市民病院(妻は大学病院だけど・・)、いつものラザニア・・?
僕は雑誌から視線を外し、妻を見た。なんだか妙にニコニコしている。

『・・ラザニアは、本当はたいして好きではない。最初に行った時に、夫にせかされて、パスタかラザニアを選ぶことになり、夫と違うものを選んだ結果・・だった。夫はいつもパスタを注文する。だから、夫と違うものを選んだ結果、毎回ラザニアになってしまった。毎週同じものを食べると、たとえ好きであったとしてもだんだん嫌いになるだろう。そんなことも気にもせず、夫は呑気にも
「裕美って、本当にラザニア好きだよなぁ」
って話しかける。つくづく何もわかっていない人だと思う。

そこのカニクリームコロッケは、ホワイトソースが滑らかで、カニの身も大きくて甘い。
友人と楽しく食事をしていたら、突然
「こんにちは。日曜日以外なんて珍しいですね」
お皿から視線を上げると、どこかで会ったことがある・・そうだ!隣のインテリアショップのお兄さんだ。でも私服姿・・。
「今日は、お休みなんだけど、ちょっと用があったので、たまにはここでランチしてたんだけど、ここにして大正解だったなぁ。まさか貴女に会えるなんて!ラッキー!」
私に会えてラッキー!ってホント?
「キャー!すみにおけないなぁ」友人がひやかす。
そっれってサービストークでしょ。でも、なんとなく嬉しくなった。
「この後の予定は?」
「はい・・」(ん?)
「ねぇ、店に寄っていってくださいよ。しばらくいるから。待ってまーす!」
年下っぽい無邪気な感じ。でも店にいる時と比べて、一層若い爽やかな感じだった。
「今の人、隣の店員さん?ちょっと恰好いいじゃない!」
友人が冷やかす。
「咲良もそう思う?」
「そうでしょう。この辺りじゃ、そうとうなイケメンだと思うよ。なんかいい感じじゃないのー!」
そうでしょ!私もその通り!なんて思いながら、冷やかされるのも悪くない。随分久しぶりの感覚だった。
それから小一時間話し話し話し疲れた頃に店を出て友人とは、そこで分かれた。もう誰も店員の彼のことなど忘れてしまっているよう。
さて、みんなはスーパーに向かったけど、私はどうする?
「ねぇ、店に寄っていってくださいよ。しばらくいるから。待ってまーす!」かぁ・・洗面所のコップや籠を変えたかったし、ちょっと寄ってみようか。
自動ドアが開くと、彼を探すように店内を廻ってみる。でも彼の姿がない。暫くいるって言ったじゃない!なーんだ、やっぱサービストークか。そんなの真に受けた私も、そうとう錆びついたのもだわ。まだ、そこそこいけていると勝手に思っていただけか。ま、息子も大学生。そういう歳なんだ。
彼にとっては、ただのお客。それだけのことだと思い直し、店を出た。
9月に入ったと言っても、まだ真夏の日差し。スマホでチェックすると35度。これから自転車で15分はキツイなぁ。そう思いながら鍵を外していると
「ごめんなさーい!」
彼?
「倉庫で店長につかまっちゃって・・。自転車なんだ。じゃ、後ろに積んじゃおうか。送るから」
ええっ?何?送ってくれるの?助かるかも。でも・・名前も知らないし、車に乗るって・・
「あ、遠慮してるんでしょう。大丈夫だって。どうせ今日は暇だからいいんだって」
遠慮してる訳じゃなくって・・と思う間もなく、自転車積んじゃっているし。
「汚いけど乗って」
配送用のバンの助手席のドアを開けてくれている。こんなお嬢様のようなことされるの初めてかも・・。

私は大学3年の時、合同練習をしていたK大テニス同好会4年の彼と付き合って、すぐ妊娠してしまった・・。』

おいおい、これって、やっぱ僕らのことじゃん。
「裕美が書いたのか?」
「ふふ。最後まで読んでみて」
妻は不思議なくらいニコニコしている。
本当にこれを妻が書いたのだろうか?それとも誰かが妻のフリをして書いたのか?でも、少なくとも、ここに登場する女は絶対妻だ!

(続く)
(感想をお待ちしています。










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