『靴屋』商店街シリーズ番外編2
クリスマスのイルミネーションに包まれた華やかな駅前広場に、ベンチはない。
今日おろしたての真っ白なコートが汚れてしまう気がして、生垣の縁石に腰をかけるのはためらわれた。
もう来るはずの彼を待って、私はクリスマスツリーの下に立ち続けた。
付き合い始めて1年以上になるのに、毎回こうも繰り返し待たされると、私は大切にされていないんじゃないかという思いがよぎる。
私より後に来た人が、私より先に待ち人と出会って笑顔で去っていく。
背の高い彼の頭が人混みに現れるのを見逃すまいと、駅の方角から目を離せない。
「あの〜」男が近寄って声をかけてきた。
私は警戒をとかずに目を向けた。
「あ、いや私は怪しい者ではなく、ええと、靴屋です!」
靴屋?なおも怪訝な気持ちで無言のまま声の主を見る。
30代半ばだろうか。純朴そうにも見える、少し薄着の男が立っていた。
銃口を向けられて手ぶらをアピールするかのように、開いた両手を上げてこちらに向けながら、男は続けた。
「あの、足が痛いでしょう」
確かに、今日のコートに合わせた踵の高い靴が足に食い込んでいた。
「あそこの椅子で座って待ちませんか?」
男の示す方向には、駅前広場に面したガラス張りのカフェがある。
外に向いて並んだカウンター席の一つに、男のズボンと同じ焦げ茶色の上着が置かれていた。
「混んでいますが、さっと入れ替われば座れます。あの席なら待ち合わせの方がいらしたらすぐに見えるでしょう」
今にも彼が来るかもと一度は駅の出口に目をやったが、到着電車の合間なのか人影は途切れがちだった。寒空のイルミネーションより、今は暖かい光を選ぶことにした。
一歩ごとに足は痛んだが、目の前に見える明るいカフェまでだと思えば苦にならなかった。
私が席に腰掛けるのと同時に靴屋は自分の上着を取った。
目の前には駅前広場が広がり、私が立っていた場所はイルミネーションを背景に丸見えだった。
自重から解放された足を休息させていると、横から「はい」とショートサイズのコーヒーがテーブルに置かれた。
「払います」という私に「いえいえ、良いんです!」と靴屋はまた両手を広げてこちらに向けた。
そんな訳にはいかないとなおも食い下がると、男はポケットからシワの寄った折り込み広告を出して見せた。下2列に印刷された無料クーポン券は、すでに数枚がミシン目で切り取られていた。
「私はなにも負担していないので、本当に気になさらずに」
そして、「それでは」と一声残すと靴屋の姿はカフェの扉の向こう側にサッと消えた。
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12月に入ってからの初めてのデートで、少し張り切ってしまった。
同じように特別に思っているなどという恋人への勝手な期待も、私の靴にかかる重みに足されていた気がする。
スマホがブブッと振動し、画面には彼からのメッセージを知らせる通知が表示された。
既読をつけるのは、私のいた場所で同じようにイルミネーションに囲まれてキョロキョロする彼の姿を見てからにしよう。
両手でカップを持ち、コーヒーに口をつけた。
終(1226文字)
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