見出し画像

「働き方改革」/政府が出来ること・出来ないこと(第3章・最終章)

馬越 美香 さんのnote記事に触発されて始めた連載の第3章(最終章)。いよいよ、「働き方」改革のために政府に何が出来て、何が出来ないかという本題に入ります。

第1章はこちらです:

第2章はこちらです:


第3章 1節  政府のこれまでの取り組み


まず、「働き方改革」について、政府のこれまでの取り組みを振り返ってみましょう。いわゆる「働き方改革関連法」として2019年4月から施行された改正労働基準法の内容にそれ以外の取り組みも加えて、第2章で紹介したエンゲージメントと二要因の対比表にはめこんだのが下の表です。

エンゲージメント/二要因/政府

政府の施策のほとんどが二要因のうち「衛生要因」に関係するものであることがお分かりいただけると思います。「①フレックスタイムの拡充」と「④高度プロフェッショナル制度」は、疑問符つきで「動機付け要因」にも重複して分類しましたが、その理由は、この章の最後で【補論】として触れます。


第3章 2節 「動機付け要因」の特性


政府は、なぜ「動機付け要因」に関係する施策を打てないのでしょう? それは、「動機付け要因」に固有の特性に起因しています。それは、どのような特性でしょう?

ここで、先ほどの表に戻ります。複数の「動機付け要因」がまとまって「エンゲージメント」の要素を構成しているので、「エンゲージメント」の要素単位で検討する方がまとまりがよくなります。「エンゲージメント」の要素ごとに、その特性を見ていきます。

エンゲージメント/二要因/政府

「1.職務に対するやりがい」は従業員一人ひとりが、本人が従事する職務について感じるものです。企業側の職務設計が大きく影響することは言うまでもありませんが、最終的には個々の従業員の内面の事象です。

「2.自己成長の機会」は、個々の従業員が希望するキャリアと意欲・能力を企業に示し、企業がそれに応じた職務を提供することで実現します。個人と企業を取り巻く外部環境の影響も受けますが、基本的には個別企業の内部環境に関わる事象です。

「5.上司・同僚の承認」は、➀職場メンバーの職務がメンバー間で「見える化」していること、②メンバーがお互いの仕事振りをポジティブな目でみる習慣が根付いていること という職場環境の要因が働きますが、最終的には個々の従業員の内面の事象です。

「6.会社のビジョンへの共感や経営陣への信頼」は、従業員と企業の関係に依存しています。ビジョンは個別の企業が描くものです。そこに従業員が参画することもできます。
ビジョンは企業が外部環境との《ありたい関係》を描くものなので、外部環境と切り離すことはできません。しかし、ビジョンを描く過程そのものは企業内で完結しています。したがって、それは個別企業の内部環境に属する事象です。
企業のビジョンに従業員が共感するかどうかは企業から従業員への働きかけ方に影響されますが、最終的には個々の従業員の内面の事象です。同様に、経営陣への信頼も、経営陣の立ち居振る舞いに影響されるのは当然としても、最終的には個々の従業員の内面の事象です。

「7.部署間での協力や挑戦を促す企業風土」は、個別企業の内部が協力や挑戦に向けた発想・意志・行動を促進する環境にあることを意味しています。したがって、それは個別企業の内部環境に属する事象です。

以上の検討から分かることは、「動機付け要因」個人の内面の事象および個別企業の内部環境に属する事象であるということです。

第3章 3節 政府に出来ること・出来ないこと


個人の人権と自由および企業の自由な経済活動を保障する民主的な政府は、個人の内面および企業の内部環境に属する事象に直接介入することを許されません。

民主的な政府に出来ることは、次の2つの活動によって、個人と企業の活動に影響を与えることだけです。

(1)個人および個別企業の力では整備できない活動環境つまり公共のインフラを整備して、個人と企業の活動を支援すること

(2)特定範囲の個人および企業に法の網をかけて、その活動を支援したり規制したりすること。

ここで重要なのは、《公共のインフラ》および《特定範囲に法の網をかけて》という点です。つまり、政府に出来ることは、広範囲の個人および企業の活動を等しく支援すること、または規制することであり、個人に固有の領域と個別企業に固有の領域に介入はできないのです。


第3章 4節 「働きがい」実現は個人と企業の課題

「働きがい」は個人の内面と企業の内部環境に属する事象であり政府の介入は許されない以上、「働きがい」は、《個人と企業》の努力で実現するしかありません。

《個人と企業》と列記されても、個人に出来ることなんて限りがある」という声が聞こえてきそうです。確かに、現実の力関係は圧倒的に企業に有利であり、個人がどこまで出来るのだろうと、私自身も思ってしまうところがあるので、ここは厄介なポイントです。しかし、やはり、個人の努力は大切だと私は考えています。

そう考える理由は、つぎの2つです。

Ⅰ. 会社はあてにならない
これからも、流動性と不確実性が極めて高く企業がビジネスの将来展望を描きにくい状況が続きます。企業が将来展望を持てない場合、口を開けて待っていたら「働きがい」を感じられる仕事を会社が与えてくれるなどというウマい話はあり得ない。今いる会社で「働きがい」を感じられないなら、転職も視野に入れて自分から「働きがい」を獲得しにいくしかない。

Ⅱ. 自らのスキルと知識を更新し続ける必要がある
仕事を通しての成長が「働きがい」の源泉であることを見てきました。ところで、今後も技術と社会のニーズは急ピッチで変化していくと予想されます。そうした変化の中で《時代遅れの残念な働き手》になってしまっては、仕事を通しての成長を実感できなくなります。「働きがい」を感じ続けるためには、自らのスキルと知識を更新しつづけ、成長を感じられる仕事に身を置き続ける必要があるのです。

私たちは、《自分の「働きがい」は自分の意志と努力で獲りにいく》という独立心とガッツが必要な時代を生きているのです。

企業には、そのような個人の独立心とガッツを受けとめ、それを事業の成功に結び付けていく度量とマネジメント力が求められます。長期雇用を保証する引き換えに従業員から忠誠心を引き出せる時代は終わったのです。

この連載を始めるきっかけとなった馬越さんのnote記事の中で、馬越さんも次のように言っています。

これからは「働きがい」が企業戦略になる時代になってくるかもしれません。記事中にあるように、幸せに働く社員のいる会社は収益性もあがる、というのは多くの調査結果からも言われるところです。だから、どうやって従業員の「働きがい」を高めるのかは企業がもっと真剣に考えなければならない問題であり、そしてそれは安易にジョブ型に移行すればよいのではないということも肝に銘じる必要があります。〔引用。太字部は、楠瀬が太字化〕

個人が独立心とガッツを持って「働きがい」を獲りにいき、そのような個人に対して企業が「働きがい」を感じられる仕事を提供する。そのような個人と企業の関係が停滞している日本経済をよみがえらせる原動力になると、私は考えています。

【補 論】

「①フレックスタイムの拡充」の「動機付け要因」への分類理由
働き方の自主裁量が大きくなると自主的・自律的に働けている感覚を持つことができ、それが働きがいにつながると考えられるが、実証的根拠がないので、疑問符つきで「動機付け要因」に分類。

「④高度プロフェッショナル制度」の「動機付け要因」への分類理由
キャリアパスを自ら選択できると自主的・自律的に働けている感覚を持つことができ、かつ、自らの成長機会を得やすくなると考えられるが、実証的根拠がないので、疑問符つきで「動機付け要因」に分類。また、「高度プロフェッショナル制度」は、企業側の運用の仕方によっては従業員に過酷な労働条件を強いる危険性があることからも、疑問符がつく。


【関連する厚生労働省の公開資料】


働き方改革法案のあらまし(改正労働基準法編)
https://www.mhlw.go.jp/content/000611834.pdf

「産業医・産業保健機能」と「長時間労働者に対する面接指導等」が強化されます
https://www.mhlw.go.jp/content/000496107.pdf

職場のセクシャルハラスメント対策はあなたの義務です!!
https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11900000-Koyoukintoujidoukateikyoku/00.pdf

職場におけるパワーハラスメント対策が事業主の義務になりました
https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000611025.pdf

勤務間インターバル制度導入事例集
https://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/jikan/interval/img/data/case_studies2018.pdf


【参考】「はたらく人の幸福学プロジェクト」

慶応大学の前野研究室とパーソル総合研究所は共同で「はたらく人の幸せ/不幸せ診断」を開発し、様々な職種で働いている人たちを対象に診断を実施し、その成果を発表しています。その一部は、馬越さんが引用した日本経済新聞記事も触れていましたが、パーソル研究所による成果発表へのリンクを張っておきます。

この成果発表に登場する「はたらく人の幸せ」と「はたらく人の不幸せ」は、今回の連載記事での「働きがい」・「働きやすさ」と、かなり良く呼応していると感じました。非常に広範囲に診断を行い、結果を精緻に分析しているので、「働きやすさ」と「働きがい」について考える上で、非常に参考になる研究成果だと思います。


3回にわたったこの連載も、これで終了です。

ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。

『「働き方改革」/政府が出来ること・出来ないこと(第3章・最終章)』おわり



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?