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「働き方改革」/政府が出来ること・出来ないこと(第2章)

第一章で「働きやすさ」を実現する要件と「働きがい」を実現する要件は別ものとする 馬越 美香 さんのnote記事を紹介し、この区別がマネジメントに関する実証研究に基づいているというところまで述べました。
今回は、その実証研究の中身を具体的に見ていきます。この研究は、アメリカの経営学者フレデリック・ハーズバーグが1950年代から1960年代にかけて行ったものです。

前回・第1章は、こちらです。

第2章1節 ハーズバーグの実証的研究

ハーズバーグは企業で働く1,685人の社員に次の2つの質問をしました。

めったにないような(極端な)「不満足」を感じたとき、その「不満足」を招いた要因はなにだったか?

めったにないような(極端な)「満足」を感じたとき、その「満足」を招いた要因はなにだったか?

調査対象者から極端な「不満足」を感じた出来事が1,844件、極端な「満足」を感じた出来事が1,763件報告され、「不満足」を招いた要因と「満足」を招いた要因は、次のグラフのようになりました。

ハーズバーグの実証的研究

要因だけを抜き出したのが、下の表です。「不満足」をもたらす要因と「満足」をもたらす要因は、異なっています。もちろん、人間のことですから、スパッと綺麗に分けられるはずはなく、上のグラフではすべての要因が「不満足」・「満足」の両方に顔を出すのですが、比率を見ると、やはり二分されていると言ってよいでしょう。

衛生要因と動機付け要因の内訳

ハーズバーグは「不満足」を招いた要因を「衛生要因」、「満足」を招いた要因を「動機付け要因」と呼んでいます。

上記の1,685人を対象にした調査は、1959年末にハーズバーグが200人のへのインタビューから発見した現象について、改めて検証したものです。この現象について、ハーズバーグは次のように語っています。

When our respondants reported feeling happy with their jobs, they most frequently described factors related to their tasks, to events that indcated to them that they were successful in the performance of their work, and to the possibility of professional growth. Conversely, when feelings of unhappiness were roported, they were not associated with the job itself but with conditions that surround the doing of the job.〔引用〕
質問に答えた人々が仕事を幸せに感じたと報告している事例では、仕事そのものが幸せを感じた理由だと述べられることが最も多かった。仕事で成功したことや職業人として成長できたことである。反対に仕事を不幸せに感じた事例は、不幸せは仕事そのものよりも仕事を取り巻く環境との結びつきが強かった。〔楠瀬の意訳〕
出典:Frederick Herzberg. Bernard Mausner, Barbara Bloch Snyderman
          "The Motivation to Work"  Routledge

ハーズバーグは不満を抱えて働くことは心理的に不健全なことだと考え、不満を招く要因を働く人の精神衛生に関わる「衛生要因」(hygene factors)と名付け、仕事を幸せに感じさせる要因は働くモチベーションを高めると考え、「動機付け要因」と名付けたのです。

つまり、ハーズバーグの実証的研究によると、働く人々の仕事についての感じ方は、「衛生要因」と「動機付け要因」という二つの要因によって決まるることになります。第1章で参照した馬越さんの記事にハイジーン・イシューという表現がありますが、これはハーズバーグの発見を踏まえたものと考えてよいでしょう。

「働きやすさ」の話って、よくいうハイジーン・イシューというような満たされていて当たり前のようなレベルの話に近いんだと思います。ものすごく分かりやすい喩えでいうと、航空会社にとって客室乗務員の接客態度とか機内食のおいしさとか定時運航率だとかが差別化要因だったりするけど、そもそも安全に運航するってことが大前提だよね、って話です。
〔『「働きやすさ」と「働きがい」』から引用。太字部は楠瀬が太字化〕

第2章2節 二要因とエンゲージメント


ここで、ハーズバーグの「衛生要因」・「動機付け要因」を、馬越さんが取り上げた日本経済新聞記事に登場するエンゲージメントと比較してみます。記事は、エンゲージメントを「働きがい」の程度を示す指標として取り上げています。

エンゲージメントと二要因の対比

エンゲージメントの7要素のうち5要素まではハーズバーグの二要因(衛生要因、動機付け要因)のどちらかとピッタリ一致しています。

イタリックで表記したエンゲージメントの要素6・7は、二要因のどちらともピタリとは一致しません。それは、ハーズバーグが二要因を発見した時代背景とエンゲージメントが注目を集めるようになった時代背景の違いによるものだと私は考えます。

ハーズバーグが二要因を発見した1950~60年代は、第二次大戦直後から1980年代末まで続いた「冷戦時代」のど真ん中です。それと冷戦後にグローバル化が進んだ現代とでは、個人と企業を取り巻く環境が大きく異なっています。

次の第3節では、少し寄り道をして、「冷戦時代」と「冷戦後の時代」の違いに触れておきたいと思います。今回の連載テーマとの直接的関連性は弱いのですが、「今」という時代に人と組織を考える上では重要な要素だと考えるからです。

第2章3節 エンゲージメントの時代背景


「冷戦時代」は、世界中の人々が核戦争による人類滅亡という「ダモクレスの剣」の下で生きていた恐怖と不安の時代でした。
しかし、核戦争への恐怖と不安を除けば、安心と安定の時代でもあったと、私は考えています。

世界はアメリカを中心とする資本主義陣営とソ連を中心とする社会主義陣営に二分され、米ロの二大国がそれぞれの陣営にしっかりタガをはめていました。
両陣営の間で市民の一般生活が浸透し合うことはなく、資本主義陣営の人々も社会主義陣営の人々も、自分たちが立っている足場が明確でした。将来の見通しも立てやすかった。もっとも、そのことに閉塞感を抱き、過激な政治運動に向かう若者も西側社会にはいましたが、それもやがて安定した社会秩序に飲み込まれていきます。

これに対して、冷戦後の世界は、混沌として不安定な場所です。資本主義陣営と社会主義陣営の壁がなくなり、市民の一般生活が国境を超えて相互浸透するようになり、人々の価値観は多様化し大きく揺らぐようになってきました。
自由市場経済が世界共通になったとはいえ、国と文化による差異があるので、質的にも量的にも多種多様な市場が世界に存在し、企業はそれを相手にビジネスを展開している。

このような環境は流動性と不確実性が極めて高く、私たちは個人にとっては自分がよって立つ確かな足場が見い出せず、企業にとってはビジネスの将来展望を描くことが極めて難しい状況を生きています。90年代以降のITを中心とした急速な技術革新が、流動性と不確実性に拍車をかけています。

しかし、流動的で不確実であるからこそ、自らの力で自らの未来と目的を確立することが必要なのです。

目的に沿って生きるのはリスクを伴いますが、逆説的に言うと、個人的にも、集団的にも、これは自分の将来を自分の手で舵取りすることであり、私たちは別種の安全を創り出していると言えます。
出典:ロバート・J・アンダーソン/ウィリアム・A・アダムズ『成長する組織とリーダーのつくり方』中央経済社。太字部は、楠瀬が太字化。
「未来を予言する最上の方法は、それを〝発明”してしまうことなんだ!」
(アラン・ケイ)
出典:マイケル・ヒルツィック『未来をつくった人々』毎日コミュニケーションズ

だから、エンゲージメントの要素6に「ビジョンへの共感」が登場するのです。企業はビジョンを描くことで未来を発明し、個人はそれに共感することで確かな足場を獲得できます。

多種多様な市場が世界に存在することと技術革新が急速に進んでいることから、新しい事業や技術に積極果敢に挑戦する個人と企業が大きなリターンを得る可能性が大きくなっています(もちろん、それに見合ったリスクも大きいのですが)。反対に、挑戦しない個人と企業は時代の変化から取り残されてしまう恐れがある(この場合は、リスクだけになってしまいます)。だから、エンゲージメントの要素7に「挑戦」が登場するのです。

以上で、ハーズバーグの二要因理論とエンゲージメントを整理することができました。いよいよ次回、第3章では、《「働き方改革」を実現するために政府が出来ること・出来ないこと》という本題に入っていきたいと思います。

参照記事と参考文献


照記事:

参考文献:


ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。

『「働き方改革」/政府が出来ること・出来ないこと(第2章)』おわり

第3章はこちらです:



 






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