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ハンバーグの歴史その10 団塊の世代の成長を支えたハンバーグ(後編)(東洋経済オンライン記事補足)

東洋経済オンラインにおいて、ハンバーグの歴史記事(前編、後編)を公開しました。

例によって字数の関係で情報量を圧縮した記事となっているので、説明が足りない部分をnoteで補足していきます。

ハンバーグが現在のような国民的洋食になったのは1960年代初頭です。洋食店においてハンバーグが人気上位を占め、看板商品となったのです。そして1962年にはマルシンハンバーグが発売されました。

アメリカ料理ハンバーグ・ステーキは本来、牛肉のみを使います。ところが1950年代の日本の料理書には、イワシなどの魚介類やクジラを使ったハンバーグレシピが出現するようになります。

マルシンハンバーグも、発売当初はクジラやマグロを使用していました。

そのころ、日本史上最大のベビーブームによって生まれた子どもたち(団塊の世代)に対し、大量の動物性タンパク質を供給する必要が生じていました。

安いけれども美味しくない、当時の鮮度の悪い魚やクジラを、どうやって子どもたちに食べさせるのか。その工夫の一つが、タマネギで臭みを消し、ケチャップやソースの強い味で食べるハンバーグに加工することだったのです。

ハンバーグと同じように、安いけれども品質の低い魚やクジラを子供に食べさせる工夫が、ハム・ソーセージに加工することでした。いわゆる魚肉ハム・ソーセージです。

1954年、ビキニ環礁で行われた水爆実験により、マグロが放射能汚染の風評被害を受けます。その結果暴落したマグロが、魚肉ハム・ソーセージに加工されました。

1954年に4,000トンだった魚肉ハム・ソーセージはその安さが人気となって大幅に生産量を伸ばし、1959年には畜肉ハム・ソーセージの生産量を追い越します。クジラやマグロを使用したマルシンハンバーグが発売されたのはこのころ、1962年です。

『食品と科学』1963年5月号記事 「魚肉ハム・ソーセージただいま苦戦中」

ところがその1962年に、畜産ハム・ソーセージの生産量が魚肉のそれを再逆転するのです。

『食品と科学』1963年5月号記事「魚肉ハム・ソーセージただいま苦戦中」によると、その理由は食生活の向上、すなわち畜肉ハム・ソーセージを買えるほどの経済的余裕ができたことにありますが、その他にも理由がありました。

外国産の安い羊肉、馬肉を混ぜることで、畜肉ハム・ソーセージの値段が下がったのです。

1959年、国内畜産業の保護のために、豚肉と牛肉の輸入が非自由化(資金割当制への移行)されます(吉田忠『畜産経済の流通構造』)。そのため、外国産の安い豚肉や牛肉が入手しづらくなりました。

吉田忠『畜産経済の流通構造』

その結果豚肉の値段が高騰し、畜肉ハム・ソーセージの値段も上昇。それが安い魚肉ハム・ソーセージの台頭を招きました。

豚肉と異なり、自由化されたままだった羊肉と馬肉の輸入が1959年以降に増えます。特に羊肉の輸入量は、1959年に3,235トンだったのが1962年には23,192トン、1963年には48,739トンと、5年間で約16倍に激増します。

『ハム・ソーセージ年艦1965年度版』

現在の羊肉や馬肉は豚肉よりも高価な肉ですが、当時輸入されていた羊肉や馬肉は豚肉よりも安価な肉でした(上記表によると、羊肉は100グラム約11円)。当然のことながら、その品質も値段相応のものでした。

私も子どもの頃、豚肉よりも安い輸入マトンを食べていましたが、その肉は硬く、独特の匂いがありました。1964年の森雅央『食品の商品学』によると当時のマトンは老廃羊肉、つまり羊毛が取れなくなった老いた羊の肉だったそうです。

森雅央『食品の商品学』

安いけれども硬くて臭い老廃羊肉を、どうやって団塊の世代の子どもたちに食べさせるのか。

昭和時代にハムやソーセージ、ハンバーグなどの畜肉加工品を購入した人は、その原材料表示欄に羊肉や馬肉の表示があったことを記憶していることと思います。羊肉や馬肉は、子どもたちに人気のハムやハンバーグなどに加工されたのです。

1963年に輸入された約48,000トンの羊肉のうち、約32,000トンはハム・ソーセージの材料に使われました(『ハム・ソーセージ年艦1965年度版』)。ひき潰して様々な材料と混ぜハム・ソーセージにすることで、老廃羊肉独特の硬さと臭さを打ち消したのです。

それでは残りの約16,000トンの羊肉は、どうやって胃袋に収まったのでしょうか?北海道などのジンギスカンが、この時期突然ブームになったとは思えません。

やはりひき潰して様々な材料と混ぜる、ハンバーグなどの挽肉料理に加工されたのではないかと思うのです。そうすることで知らず知らずのうちに、日本人は大量の羊肉を消費していたのです。

『食品と科学』1963年1月号と5月号では、加熱するだけのチューブ入りハンバーグ種(徳島ハム製)がレビューされていますが、ハンバーグはタマネギの匂いがきついが“あまりマトンの匂いがしなかった”と好評価されています。一方、別製品のシュウマイはマトンの匂いがしたそうです。

外食業においては原材料の表示義務がないため、洋食店のハンバーグに羊肉や馬肉が使われていたか否かはわかりません。

しかしながら、ハンバーグが洋食店の代表的メニューになったのは、羊肉と馬肉の輸入が急増した1960年代初頭のこと。おそらくは羊肉や馬肉を使用した安いハンバーグを、目玉商品にする店が増えたのではないかと思います。

そのことを裏付ける傍証があります。

戦前の料理書においては、ハンバーグに使われる肉はほとんどの場合牛肉100%でした。

ところが現在の外食業におけるハンバーグは、牛豚の合い挽き肉を使うことが多くなっています。これは、かつて羊肉や馬肉を混ぜ込んでいた時代の名残ではないかとおもうのです。

牛肉100%のステーキなどとは違い、ハンバーグは大衆的な値段で提供されるべき肉料理である。羊肉馬肉混合時代に定着したこのイメージがあるために、現在でもハンバーグには豚肉を混ぜ、大衆的な値段で提供しているのではないでしょうか。

現在、ハンバーグに混ぜ込む肉は魚やクジラ、羊馬肉から豚肉に変化しました。ハンバーグの原料が、「安いが臭い肉」から牛肉+豚肉に変化すると、調味法にも変化が起こります。

昭和時代のハンバーグは、トマトケチャップとソース(ウスター、中濃、とんかつ)で食べました。

この調味法は、ハンバーグの発祥地であるアメリカにおける食べ方を引き継いだものです。

ケチャップやソースの強い香りと味は、混ぜ込んだ低価格の動物性タンパク質(マグロ、イワシ、老廃羊肉等)の臭みを消すという重要な役割を演じてきました。

その後ハンバーグの原料が臭みのない牛肉+豚肉に変化するにつれ、和風ソースやドミグラスソースなどのより柔らかな味のソースで、肉自体の素材の味を楽しむ料理になっていったのではないかと思います。