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ハンバーグの歴史その5 戦前のアメリカにおけるハンバーグ・ステーキの特徴(後編)(東洋経済オンライン記事補足)
前編の続きです
特徴5.手作りソースではなく、卓上のケチャップや(ウスター)ソースで味付け
スプレッドシート「戦前のアメリカハンバーグレシピ集」の「調味料/ソース」列にある通り、アメリカのハンバーグ・ステーキは塩胡椒・バターのみというシンプルな味付けが中心でした。フランス料理のように手作りソースを作ってかける、ということはしなかったようです。
例外が1904年の海軍レシピ『General Mess Manual and Cookbook for Use on Board Vessels of the United States Navy』。焼いたあとの汁にケチャップ(アメリカなのでおそらくトマトケチャップ)を入れてソースを作っています。現代日本でもよく行われている手法ですね。
先日、昭和時代つまり34年以上昔にハンバーグを食べていた人限定で、どのような調味料で食べていたのか、アンケートを取りました。
来月ハンバーグ史を書くにあたって、皆様のお力添えをお願いいたします
— 近代食文化研究会@新刊『なぜアジはフライでとんかつはカツか?』発売中 (@ksk18681912) April 26, 2023
昭和(つまり34年以上昔)にハンバーグを食べた方限定でおたずねします
昭和のハンバーグの(主な、頻度の多い)調味料は何でしたか?
2754件ものご回答をいただいた結果、87%の人がトマトケチャップおよびソース(ウスター、中濃、とんかつ)をかけて(あるいは焼いた後の汁に混ぜて)調味していました。
このトマトケチャップおよびソースでハンバーグを食べる習慣は、アメリカに由来するものです。
現在のアメリカでも、レストランによっては卓上にトマトケチャップやマスタードの瓶が置かれており、客がハンバーガー等に好き好きにかけて食べる習慣があります。
国民食といえるほどにハンバーグ・ステーキを頻繁に食べていた、半世紀以上前のアメリカにおいても、客席に置かれた調味料をハンバーグ・ステーキにかけて食べていました。
雑誌『主婦と生活』1950年9月号には、今から70年以上前の、ハンバーグ・ステーキを頻繁に食べていたころのニューヨーク食事情がレポートされています。
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“ニューヨークの人達は、今とてもハンバーグがお好き。例の挽肉のおだんごを、ジュッと燒いたもの”
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ハンバーグ・ステーキが流行していた当時のニューヨークでは、カフェテリア方式の大衆食堂が多かったようです。カフェテリアでの相場は、ハンバーグ・ステーキが50セント。
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カフェテリアの卓上には、トマトケチャップ、ソース、マスタード、塩胡椒の瓶が並び、客は好みに応じた調味料をかけてハンバーグ・ステーキを食べました。
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この「ソース」ですが、日本でいうところのウスターソース系のソースのことです。飯田深雪によると1960年頃のアメリカでは、イギリス由来のA1ソースをハンバーグにかけるケースが多かったそうです。
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外交官の妻としてアメリカ滞在経験のある料理研究家・飯田深雪は、1960年の『世界の家庭料理 5』において、当時アメリカで人気だったハンバーグ・ステーキを紹介しています。
“名前はドイツ式ですが、アメリカで若い人、庶民階級でもっともポピュラーな料理です。”
“アメリカではどこのスタンドでも、食べているのをみかける料理です。”
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レシピでは、焼いた後の汁にケチャップとウスターソースを入れてソースを作成していますが、アメリカでは”既製のA1ソース、またはミート・ソース”をかけて食べる場合が多かったそうです。
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現在ではイギリス、アメリカともにその伝統が失われつつあるようですが、日本と同じくイギリス食文化の影響を強く受けていたアメリカでは、かつてソースの瓶を卓上に置き、個人の好みに応じて料理にかけて食べていました。
日本ではこの種のソースとしてリーアンドペリンのWorcestershire sauceが有名となっていますが、Worcestershire sauceはこの種のソースの元祖でもなければ唯一の製品でもありません。
イギリスでは18世紀末からこの種のソース市場が立ち上がっており、様々な製品が各メーカーから発売されていました。リーアンドペリンのWorcestershire sauceは、先発商品をマネして市場に参入した後発商品にすぎません。
A1ソースはWorcestershire sauceより先に発売されていた、いわば先輩にあたる商品。アメリカ人はそのA1ソースをかけて、ハンバーグ・ステーキを食べていたのです。
日本ではこの種のソースを「ソース」という名でカテゴライズしていますが、イギリスにおいてはこの瓶詰めソースカテゴリの名称が定まっていません。
過去の例を見ると、table sauce、store sauce、brown sauce、steak sauce、meat sauceなどの総称で呼ばれていたようです。
“既製のA1ソース、またはミート・ソースを用いる場合が多い”という飯田深雪の記述の“ミート・ソース”とは、A1ソースのようなメーカー製の瓶詰めソース一般を意味しているように思えますが、この文章だけでは確かなことはわかりません。
特徴6.名前がHamburger Steak
さて、あらためて「戦前のアメリカハンバーグレシピ集」を見ると、料理名としてハンバーグ・ステーキよりもハンバーガー・ステーキ(Hamburger Steak)のほうが多いことに気づきます。
詳しく調べていないので自信はないのですが、どうも現在と昔では、アメリカにおける「ハンバーガー(Hamburger)」の意味が違うのではないかと思うのです。
現在のハンバーガーは、パンでパティを挟んだサンドウィッチという意味です。
ところがかつては、パンに挟まないハンバーグそのものをハンバーガーと呼び、パンに挟む場合はハンバーグ・ステーキ・サンドウィッチなどと呼んでいたようなのです。
アメリカで実際にハンバーグを食べていた飯田深雪によると、「ハンバーガー」とはパンに挟んでいないハンバーグ・ステーキそのもの。
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他にも「パンに挟んでいないハンバーガー」の例があります。1939年のスタインベック『怒りの葡萄』の一節。
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小説のこの部分の“ハンバーガー”は、我々がイメージするパンに挟んだハンバーガーではなく、現在でいうところの「ハンバーグ」「ハンバーグ・ステーキ」「パティ」を意味しています。
次回「その6」では、戦前の日本の料理書におけるハンバーグ・ステーキレシピを調査し、アメリカのハンバーグ・ステーキがどのように「変化」「日本化」したかを追います。