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ハンバーグの歴史番外編(後編) なぜアメリカのかつての国民食ハンバーグ・ステーキは、本国で衰退したのか

かつてアメリカの国民食であったハンバーグ・ステーキとホットドッグ。しかしながら現在では、その地位をハンバーガーとピザにゆずってしまいました。

ハンバーグ・ステーキからハンバーガーへ、ホットドッグからピザへの主役交代は、1980年代以降に起こった現象と思われます。

1968年から77年にかけて、アメリカの食生活と健康問題を検討する上院特別委員会United States Senate Select Committee on Nutrition and Human Needsが開かれました。

委員会が当初問題としたのは、貧しい人々の不十分な栄養摂取問題でしたが、1970年代後半になるとむしろ、過剰な栄養摂取による健康問題に焦点が当たるようになります。肥満による慢性疾患が問題となったのです。

この上院特別委員会の報告は、主導した上院議員マクガバンにちなんで、マクガバン・レポートという名で日本で有名になりました。

なぜ有名になったかというと、1980年代以降のアメリカの日本食ブームの背景に、この委員会の存在があったとされるからです。

アメリカの食事は不健康、日本食はヘルシーだとアメリカ人に自覚させたきっかけが、マクガバン・レポートとされたからです。このことは、多分に日本人のナショナリズムを刺激する事象だったのでしょう。

さて、上院特別委員会の指摘事項は、農務省と保健福祉省による1980年のDietary Guidelines for Americans(アメリカ人の食事ガイドライン)に反映されます。このガイドライン(DGA)は定期的に更新され、現在もアメリカ人に対し健康的な食生活の指針を示しています。

それでは1980年のガイドラインを見てみましょう。

Dietary Guidelines for Americans(1980)

注目すべきは3番と4番です。

脂肪、飽和脂肪酸、コレステロールの摂取を控え(3)、適切な量の炭水化物と食物繊維を取りましょう(4)、という内容です。

つまり、ハンバーグ・ステーキを食べるよりは、バンズ(炭水化物)とフライドポテト(炭水化物+食物繊維)を含んだマクドナルドセットを食べたほうが健康的ですよ、という指針なのです。

日本では不健康なアメリカ食の代表とされるハンバーガーセットですが、1980年当時のアメリカ人にとっては、ハンバーグ・ステーキよりもヘルシーな食事だったのです。

なぜなら過剰な動物性脂肪の摂取をやめて、同じ量で半分以下のカロリーのヘルシーな炭水化物を食べて体重を減らしましょう(下の画像参照)というのが、当時の国家的指針だったからです。

健康のために炭水化物を食べましょうという考えは、歴史的に穀物を過剰に食べてきた日本人には理解できませんが、それほど動物性脂肪の摂取が問題となっていたということです。

同じことが、ホットドッグとピザについても言えます。

これはホットドッグ大食い大会で有名なNathan'sのホットドッグ(wikimediaより)ですが、かなり肉たっぷりパン少なめなことがわかります。

しかもこのフランクフルト、脂肪がたっぷりなのです。

1969年、ニクソン政権下で、ホットドッグの脂肪量が30%以下に規制されました。当時のホットドッグはその三分の一が脂肪という高脂肪食品だったからです。

『缶詰時報』1970年5月号

ホットドッグが国民食であったころのアメリカでは、ホットドッグの脂肪が健康に及ぼす悪影響が問題となっていたのです。

1980年当時のガイドライン(DGA)からしてみれば、ホットドッグよりもパン生地のアメリカンピザのほうが、脂肪量を減らし炭水化物を多く摂取できる健康的な食事だったのです。

日本では不健康なアメリカ食の代表とされるピザですが、1980年当時のアメリカ人にとっては、ホットドッグよりもヘルシーな食事だったのです。


さて、1980年代以降アメリカで健康的とされた日本食は、伝統的な日本食ではありません。

伝統的な都市部の日本食は、毎食3~4杯という大量のご飯を塩辛い漬物と少量のおかずで食べるという、炭水化物に依存した食事でした。

1940年代以降、炭水化物(ご飯)を減らし、動物性タンパク質と脂肪を取ろうという食生活改善運動が展開されました。その結果、日本人の食事は、一杯のご飯を量が増えたおかずで食べる、バランスの良い健康的な食事となっていったのです。

石毛直道『食の文化地理』より

動物性タンパク質と脂肪を多く食べようという風潮の中で重宝されたのが、様々な動物性タンパク質(イワシ、クジラ、羊肉)を混ぜ込むことができるハンバーグでした。

食生活改善運動の過程において、ハンバーグは今日のような日本を代表する洋食となっていったというのが、私の見解です。

1980年代のアメリカで健康的とされた日本食は、ハンバーグをおかずに少量(一杯)のご飯を食べるという、伝統的な日本食の欠点を克服した新世代の日本食だったのです。



アメリカでは、動物性脂肪の摂取を減らし適切な量の炭水化物を摂ろうという国民的な運動の中で、ハンバーグが廃れていきました。

一方の日本では、炭水化物に大きく依存したバランスの悪い伝統的日本食を改善する過程で、ハンバーグが国民的な洋食となっていったのです。