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ポークカツレツととんかつは何が違うのか(その2)

新刊『なぜアジはフライでとんかつはカツか?』、冒頭部分無料公開中です。

「ポークカツレツ=薄い とんかつ=厚い」派(池波、山本)と「ポークカツレツ=厚い とんかつ=薄い」派(古川、安藤)が真っ向対立するとんかつ論争。

作家・池波正太郎(1923年生まれ)と映画監督・山本嘉次郎(1902年生まれ)は、西洋から来たポークカツレツは薄く、それが日本で厚いとんかつになったと考えます。

これは間違いです。

まず、彼らが考える薄いポークカツレツの代表、かつての煉瓦亭のとんかつを見てみましょう(現在の煉瓦亭とは異なります)。

『主婦の友 昭和11年9月号』に当時の煉瓦亭のとんかつレシピが掲載されています。

現在の煉瓦亭は「昔はフランス料理店だった」と嘘をついて値段の高い洋食を売っていますが、実際には安くて大きいとんかつが売りのとんかつ屋とよばれていました。

嘘だらけの煉瓦亭の歴史についてはこちら参照

安い洋食屋であった煉瓦亭のとんかつは大人の足ほどの大きさ。これを安く提供していました。

肉の量は一人前30匁(112.5グラム)。大きさの割に非常に少ないです。

この肉を叩いて叩いて、薄く大きく伸ばします。

実際に約30匁の豚ロース肉を大人の足、25センチ程度に伸ばすとこうなります。

古川緑波が“サイダービンでトントンたたいてのばせるだけのばした、平べったい、それも脂身沢山の奴”と表現した煉瓦亭のとんかつの肉です。

日本のカツレツはイギリスのcutletにその起源があります。

丁度日本でいうと幕末に活躍していたイギリスの有名シェフ、アレクシス・ソワイエ『The Gastronomic Regenerator』のpork cutletのイラスト。

あばら骨がついていますね。これを煉瓦亭のように叩かずに、そのままパン粉揚げにします。

アレクシス・ソワイエ『The Modern Housewife』のpork cutletsレシピ。

このイギリスのパン粉揚げポークカツレツが日本に渡来します。

日本最古のカツレツレシピ『西洋料理指南 下』(敬学堂主人)の「小犢ノ油煮」。

右下の絵がイギリスのcutletを描写しています。

日本最古のポークカツレツレシピ『西洋料理指南』の「豕(ブタ)ノ油煮」も、ソワイエのpork cutletsと同じように、このあばら骨を取っただけで、薄く伸ばさずにそのままパン粉揚げにします。

あばら骨の厚さの肉をそのまま揚げるのですから、その厚さは1.5から2センチといったところでしょうか。

『なぜアジはフライでとんかつはカツか?』では、イギリスを代表する複数の料理書のcutletの厚さを引用していますが、その厚さは0.5インチ(約1.27センチ)から1インチ(約2.54センチ)の範囲。

もともとあばら骨付きの肉を利用することが多かったcutletですから、必然的にその厚みはあばら骨と同じになるのです。

この厚みのcutletが日本に渡来します。

精養軒などの本格的な西洋料理店では、基本に忠実に厚いカツレツを出していました。

ところが池波正太郎や山本嘉次郎は、古川緑波が行くような帝国ホテルや精養軒などの、本格的なカツレツを食べたことがありませんでした。

なので池波や山本は、日本の安洋食屋で発達した煉瓦亭のような叩き伸ばした薄いカツレツを、本格的な西洋料理であると勘違いしたのです。

続きます