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八王子のナンパ

これは私が実際に体験した話である。
高校の頃からイラストをTwitterに掲載して、同じ絵描きの子としょっちゅう交流をしていた。
そこでYちゃんという子と特に仲良くなり、毎日のようにTwitterのリプライや、交換したLINEで話をして楽しんでいた。

高校を卒業してフリーターになった18歳のゴールデンウィークの事。
初めてYちゃんと会って遊ぼうという話になった。
私は大阪で、Yちゃんは東京に住んでいたから、私は夜行バスに乗って東京の八王子まで遊びに行った。
大阪に住んでいるとはいえ、東京の圧倒的な都会感とたくさんの人、そして何より私はしつこいホスト風のティッシュ配りや、強引なビラ配りのお兄さん等に驚き、対処に困っていた。

滞在期間はYちゃんの家に一週間ほどで、その間観光やゲーム、お絵描き。
久しぶりに会った友達のように楽しく過ごした。
そんなある日の夜中。
2人ともなかなか寝付けず、コンビニへ夜食を買いに行こうということになった。
のんびりだらだらと夜道を歩きながら他愛もない話をしていたら、いつの間にかそこは暗くて人通りのない道になっていた。
その道は両側に取り壊し予定の団地があり、道は広いけどフェンスが張り巡らされて、その向こうは鬱蒼と草が伸び放題、奥に明かり一つない灰色の建物がぼんやりと並んでいた。

そうして人通りのない道をYちゃんと2人で歩いていると、私はふとあることに気が付いた。
いつからか、誰かが後ろを歩いている。
少しだけ振り返ってみるとやはり男が1人、うつむき加減で歩いていた。
容姿はというと10代後半か20代前半の男で、白いTシャツに、黒いズボン、ぼさぼさのマッシュヘアで、足取りはおどおどしていた。

足音は距離を詰めようか、やっぱりやめようかという感じで、声をかけようとしてきているような気がした。
Yちゃんは話しながら前を向いて歩き続けている。
「なんか、ついてきてない?あの人」
私は小声で聞いた。
ついてきている、とはいえ道は一本で、両側はフェンス、曲がるところもない。
普通に考えると、後ろを人が歩いていても何も違和感はないはずなのに、私はなんだか怖く感じた。
Yちゃんもオカルト好きなので、
「生きてる人じゃなかったりして…」
と失礼なことを小声で言いながら少し笑っていた。

そこからしばらく歩いたとき、ついに足音がぐっと近づき
「あ、あの」
と声をかけられた。
Yちゃんは慣れているのか無視をして私と話しながら進んで行くが、まったく慣れていない私は続けて「あの…」と声をかけてくる男にどう対応していいかわからず、振り返って男を見て、Yちゃんの顔を見て、とソワソワしていた。
「あの、今時間あいていませんか…」
と言われ、Yちゃんがついに振り返ることなく
「ない。」
ときっぱり返した。
「あ…そうですか…。」
と言ってその男はその場に立ち止まった。
私はこんな冷たく返すものなのか~Yちゃん強いな~と感心しながら、前を向いて数歩歩いて、まだ気になるから振り返った。
すると、もう後ろに男の姿はなかった。

足音が止まってから10秒ほどしか目を離しておらず、その後足音もなく、そもそも曲がる道もないのに忽然と男は消えてしまった。
「ね、ねえ、居ない…さっきの人居ないんだけど…」
Yちゃんに言うとYちゃんもすぐ振り返って、
「ほんとだ…」
と立ち止まった。
2人でしばらく立ち止まり、来た道をずっと眺めた。

あの男が何だったのか、何をしたかったのかわからないまま。
時間があると言ったらどうなっていたのか、団地の中にでも連れていくつもりだったのか、そう怖い方向に考えてゾッとしながらも、Yちゃんとは幽霊にナンパされたのかもしれないねと言って笑って終わった。

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