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南極ゴジラ『(あたらしい)ジュラシックパーク』 の感想

作・演出/こんにち博士(会場:王子小劇場)
ジュラシックパークで働く女性は、仕事が出来なくて同僚に馬鹿にされる。唯一仲のいい着ぐるみ係も変わり者だと周囲からバカにされている。そんなジュラシックパークに、産業スパイが紛れ込んだことから起きる事件。これは、彼女に変化をもたらし

劇場に入ると舞台を覆う巨大な幕。そこには主演である端栞里の顔が大きく投影されている。幕の端から何か巨大なセットが見えている。
幕が開いた瞬間始まる演奏。全員が楽器を持ち楽しく演奏、でもどこか寂しさを感じる歌声。底抜けで明るい曲調ではない、少し陰が差している。
一人また一人と演奏から抜け最後は一人だけになり、そして本編が始まる。
大長編連続テレビドラマの冒頭4話を抜粋したという設定で始まる物語。
朝ドラのような、ナレーションが挟み込まれ物語は進んでいく。(ナレーションを務める女性は舞台脇に佇みなが述べている。)
ステージは屋内で窓の外はショーウィンドウのように狭い演技スペースになっていてそこが屋外になっている。左側には櫓のようになっていてキャットウォークに届くくらいの高さ。主人公の自室。
美しく陽気でポップなSFコメディ、という体裁は早々に崩れ激辛の悪意がたっぷり。

そもそも彼女の日常はバカにされ続ける毎日で、幸せではない。が、彼女自身も無責任で無駄にプライドの高い部分が多く純然たる自業自得な面もある。とはいえ同僚がさぼるために仕事を押し付けられている事実はあるし、彼女なりの理想を目指して仕事はしているので見ていて辛い。
それでも友人との交流で些細な楽しみはあり、優秀な同期は気にかけてくれる。しかしそれですらもろくも崩れる。
最初に歯車を狂わせるのは、一人のビジネスマン。彼が会社のために恐竜のDNAを窃盗しようとしたことが恐竜の脱走事件につながる。
次に狂った歯車は同期の出世頭。若くして、ジュラシックパークの顔である花形飼育員として華々しい活躍を続ける彼は同期に対して愛情を持っており主人公に対しても馬鹿にせず強い仲間意識を持つ。ただ、着ぐるみ係と縁を切れというなど結局彼も理解できぬ他者を蔑む心がある。まぁ聖人君子なんていないし、実際着ぐるみ係も奇妙な行動ばかりとる怪人物として描かれているし。比較的常識人。
しかし、脱走事件の際に恐竜に足を食べられたことによって彼の人生は狂う。満足に動けない彼は出世という名で裏方に回され、夢の花形飼育員への道は立たれそして彼が堕ちていく狂気。

そこに加わってくる要素が人造人間。
このジュラシックパークで噂されている都市伝説。恐竜をDNAから復元している施設なのだから、人間も秘密裏に作られているのではないか。
主人公は自分がそうなのではないかと考えている。従業員向けの住宅のあるこの施設では両親ともに従業員で生まれも育ちもジュラシックパークという従業員がいてその中の一人が彼女だ。だから自分の正体を疑っている。
でも、これはただの願望でしかない。仕事ができない何もない自分だけどもし人造人間という普通じゃない存在が正体だったとしたら。誰しもが想像する願望、彼女にとっては願いですらある。

しかし、彼女は人造人間ではない。

ここが上手いと唸った部分なのだが、
物語も中盤に差し掛かったころになり、ナレーションにしては存在感のある女性がついに本編に登場するのである。
ずっと物語を眺め続けていた謎の女性。彼女は優秀な仕事ぶりであっという間に主人公の仕事を奪ってしまう。仕事のできる女、キャリアウーマン。主人公が妄想し続けていた理想の私そのものなのである。
そう、彼女こそ本当の人造人間なのである。そして彼女がなぜ生まれたのか。

狂気にとらわれた同期はやがて、パークの人間すべてを人造人間と入れ替え理想のパークにしようともくろむ。特殊な体質に苦しむ天才博士と手を組んだ彼は、人々に手をかけ続ける。
そして主人公も、人造人間と入れ替えようとするのだが。この人造人間は彼女のために作った、彼女の理想通りの仕事のできる人造人間。狂気にとらわれながらも彼女に対する親愛なのだ。
私はこういう狂ったなりの愛情に弱い。エモい!と心中で叫んだ。
決して恋愛ではなくあくまで同期の絆なのだが、公社はヤンデレ的描写が大好き。
この人造人間がナレーションをしていたのも彼女になるため主人公の姿を見つめていたからだ。

主人公は仕事も出来ないし、無駄にプライドも高い。でも、どこか人を引き付ける魅力がある。同期もそうだし、天才博士とも偶然の交流をきっかけに仲良くなる。上手くいかないことがあったとしても、誰かは必ず見てくれている。
まぁそれが自分の思っているようなことと一緒とは限らないわけだが。

主人公のためを思い彼女の為だけに作った人造人間。自分の隣に彼女がいてほしいという同期の願望の結晶であり。
そして優れた人造人間はその身も心も主人公に捧げようとする。脳の中身を入れ替える機械によって主人公は優主な体を手に入れる寸前で、主人公は拒否をする。

ここから、カタストロフィへ。

この作品は、荒唐無稽なSFに生き辛さやすぐそばにる嫌な人を注入。見ていて可哀想。足を失った同期が取り戻そうと恐竜のDNAを注入した結果、ティラノの足になってしまい飼育員の道を完全に断たれてしまう。
このシーンは瀬安勇志の演技もあっておどろおどろしく、ホラーだった。
しかし、そんな時こそコメディをひと匙忘れず。そう、南極ゴジラはコメディから逃げない。

最初の種をまいた、ビジネスマンは窃盗犯として捕まらないように苦肉の策でお手軽に毛むくじゃらに変身できるクリームを塗って窮地を脱しようとする(無理だと思うよ)。しかし、恐竜DNA混入の結果恐竜に変身してしまう。この恐竜セールスマンが登場するときの、トホホ感。こなんなっちゃいましたと出てくる姿は同期のティラノ足の恐ろしさと一転したおかしみ。ユガミノーマルの抜けた演技が良い。
また、主人公が人造人間になることを受け入れるのか。そういう大事な場になんかいる同僚。彼も、従業員入れ替え計画で人造人間と入れ替えされようとしていたのだが後回しにされる。状況がよくわからないまま放置される。
シリアスに落ちすぎない一匙の異物。

恐竜セールスマンが味方となりジュラシックパーク脱出計画。ダイ・ハード張りの通気口移動シーンは王子小劇場の構造を使い切って見事。
陰鬱な物語が加速度を増しエンターテイメントへ。
終盤は劇団員総動員で、ド派手な展開を人力SFとして上演。まさに映画な大迫力でまばたきも忘れる疾走感。

脱出した主人公が、最初の一歩を踏み出す。立った一歩を描くこのワンシーンに劇団員全員が力を注いで、終わる。
なんて美しいラストシーン。


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