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ある常連客の話し、自転車旅前夜譚。深夜書店、。

 それぞれ互いの友誼なんてものは、つくろうとしたりなろうとして生まれるもんではないんや、。
 いとおしさ、だってそうであるように、。
 気づいたらそうなってる、。
 年齢がどうだとか歳月であるとか、確かに、、関係ないんやってことも。

「8月の電気は蜂蜜の味、おいしいです」なんてことをスマホのAIが語りかけてきた。
 充電してやると悦びの感情をそんな風に表現し音声を発してくるのだった。
 なかなか詩心あるねんな、と感心もしてやる。
 たまたま最新機種5Gを購入したくて選んだ、国内企業の機種に搭載されていた人工知能ではある。
 設定したこととはいえ、俺をあだ名で呼びかけたりもする。

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 俺のスマホの待ち受け画面は、生き別れ状態の黒猫びよんせの画像にしているのだ。
 音声の語りかけは、その黒曜石の眼差しとで俺の心をほがらかにする。
 黒猫びよんせは面影の化身のようにも映える、
 そんな画像だった。
 で、あるからして捉え方によっては黒猫 ‶びよんせちゃん〟が語りかけてきているように感じられなくもない。
 
 ん?。びよんせ、ちゃん?。
 そそ、
 びよんせのことをそう呼んでくれるのは、幼馴染友人が営む飲食店で働く美人娘さんだ。
 それがいかに嬉しいことかの心情を簡潔に文章へとあらわすのは、ちょいと難しい。
 まぁ、照れもあるのかもしれない。
 【・・・日頃さんざんに直球セクハラトークを気心しれた友人営む店の女性陣に平気で語りちらすのではあるが、、俺は、】
 歳月を経る前も友人が経営するbarで働いていた。
 海外の名女優をこよなく愛してもいる美人娘さんだった。
 歳月を経て、再会叶ったのは本当にうれしいことだった。
 
 その、笑顔が心をほぐしてくれた。
 妖精みたいに愛くるしい佇まいが、歳月経て、気品や美麗さが磨かれたようにも映えてた。
 カウンターでシェイカー振る姿も美しく、頼もしくも、さまになっていた。
 
 やはり、心遣いや人柄といいそれだけの美人娘さんであるからして、当然のことではあるがお客さんにファンは多いわけである。
 そんな美人娘さんのファンであることを全身全霊で発散させている常連客がいた。
 カウンターで隣り合わせたことから、その常連客と俺は歳月経ての奇しき宿縁で親しく話すようになった。
 bar店主たる幼馴染友人や、
 バーテンダー美人娘さんなどは、妖精みたいに愛くるしい笑顔で
 「おふたりは似ています、」なんてことまでおっしゃるのだった。
 ・・俺としては「ど、どこがやねん!」というしかなかったわけでもあるが、。
 この常連客、よくよく思い返してみたら歳月を経る前からbar営む幼馴染友人の店でちょくちょくと顔は会わせていたような感じだった。
 なんせ、とある場所へと旅立つ前は俺も頻繁に店に足を向けていたのだからだ。
 妙なもので自転車旅へと、ふたりして出かけるまでの仲になる、この常連客との友誼が芽生えるのは実に8年経てのこととなった。

 俺の中学時代からの地元友人の高校の時の友人こそが、
 ここの駅から徒歩5分、本格的bar!、のほかにも数店舗飲食店を経営している店主たる幼馴染友人だ。
 歳月を経ての再会を誘ってくれた中学時代からの地元友人の気持ちが嬉しかった日があった。
 小説?、‶深夜書店?、何をこいつは・・・〟なんてことを最初は思ったに違いはないけれど、。
 久しぶりに再会した中学時代からの友人との
  ‶心のままに、在るがままに、〟
 幼馴染barでと過ごした機会が、この常連客との友誼が芽生える後押しにもなったのだ。
 
 俺の故郷地のこともだ。
 事業に失敗して先祖代々の旧家を失った亡き父ではあったが、絶えなき縁で檀家としても氏子つながりで法要にも世話になっている代々の地元住職がいた。
 現在の住職は俺や地元友人も、まぁよく知る地元の学年上の者だった。
 あだ名なんかも特徴があったわけだ。
 若き頃、由緒ある寺の次男でありながらも、バイクやあれこれのことで町内の評判になったこともある。
 なんと、そんな地元住職の高校時代の友人であったというのが、この常連客であったのだ。

 ‶心のままに、在るがままに、〟幼馴染barでと過ごした機会に中学時代の友人はそんな地元住職の話題やなんかで常連客と仲良くなりLINEの交換までしていた。
 時期的には先祖なんかに想いを馳せる頃でもあった。
 俺も老母とともに故郷の綺麗な空の下、墓地へと向かう時節でのことだ。
 母も父の法要等で遠く離れた住居へもわざわざ足労してくれた地元住職の人柄については、以前からも折に触れて語ってくれていた。
 近況なんかについてもよく知る母だ。
 幼馴染barで仲良くなった常連客との縁について話してやると、何だかとても嬉しそうだった。
 店主友人が人柄よく男前だから、という理由だけで店に足を運びたいとの気持ちを湧かせるわけでもなさそうにも映ったものだが、、。
 慈悲深い何とも言えぬ笑顔を見せてくれた。

 常連客とは日を経ずして、独り、bar営む幼馴染友人の店で飲んでいるなかで隣あわせて話す機会が増えた。
 地元住職との奇しき縁やら、中学時代の友人と同じく俺もLINEの交換をしたのだった。
 洋楽や映画の話題、それと創作意欲なんかでも伝わってくるものがあった。
 あと、汚れた世界をどっぷり泳いできた俺ではあるのだけれどもだ、。
 清々しい性根の大切さについて、この同年代のおっさんとは永らくの友のような心境にもなって打ち解けれたのだ。

 歌人、であるとも臆面もなく云うところなんかは、
 ‶深夜書店、って題名、そんな小説作を残したい。〟なんてものを世に発信する自分に確かに似たものは感じた。
 bar営む幼馴染友人は頷く、
 美人娘さんなどは妖精みたいに愛くるしい笑顔で「おふたりは似ています、」なんてことまでおっしゃった、、。
 ・・俺としては「ど、どこがやねん!」というしかなかったわけでもあるが、。

 ・・そこはヒゲをはやしているのと世の女性を見つめる眼差しがハートマークになるところ、あと、不審者に視られがちな佇まいといったところなんかは認めざる得ないであろう。
 ただ、ど~にもこうにもくどいところがある、そこいらは、かけ離れていて欲しいのだが、。
 なにせ、LINEなんかのやりとりでは最終的に既読スルーしたくなることは確かだ。ハラスメントな会話においても変化球を投げ込んで回りくどく話し込むタイプである。
 俺はそこらは直球勝負の変態ではある。まぁ自慢するとこではないが、(笑)。
 ・・このおっさんにも一途なとことかあるのだろうかとかあれこれもだ。

 面白い、じつに愉快だ。・・・生きるなら、走れ。懐かしい、未来へ、。
 
 両手広げて抱きしめて、過去も未来も、包み込むのには、。
 あまりにも限られた歳月しか与えられていない、そんな生涯だってある。

 『生きなあかんねん、あんたはな。・・生きな、生きなあかんねん。』
 
 充電への感謝をスマホのAIが語りかけてきたとき、そんな言葉もよみがえってきた。
 「まだまだ、がんばれましたが、うれしいです、空もとべるかも」
 ・・スマホのAIは充電してやると悦びの感情をそんな風に表現し音声を発してきたりもする。
 なかなかユーモアのセンスもあるねんな、と感心もしてやる。
 
 設定したこととはいえ、俺をあだ名で呼びかけたりもする。

 どこかで 愛猫びよんせの声が聴こえた気もした。

 それぞれ互いの友誼なんてものは、つくろうとしたりなろうとして生まれるもんではないんや、。
 いとおしさ、だってそうであるように、。
 気づいたらそうなってる、。
 年齢がどうだとか歳月であるとか、確かに、、関係ないんやってことも。

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