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私の中に脈打つギフト

「あ、ハンガーを買わなきゃ」

そろそろ冬服を仕舞わなきゃ、と無視できなくなってきた夏を迎えるため、衣替えをしているとハンガーが足りなくなった。クリーニング屋で貰ったプラスチックのハンガーがいくつか余っていても、私はそれを使う気になれなかったのだ。

ハンガーはしっかりとした良いものを使う。昔付き合っていた人からの受け売りだ。当時学生で、安っぽい服を買ってはぞんざいに扱っていた私には衝撃だった。良いものを大切に、長く使うことをその人から学んだ。服も物も、どんどん買っては飽きて手放すようなこともしなくなった。

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(実家近くの畑から。高い建物がないから空が広い。)

年を重ねていくと、あの頃の自分じゃ選ばなかったものがそこにあり、想像もしていなかった場所にいることに気づく。

なんだ、ちゃんと変わってるじゃん。

「人は変われないよ」と、ある人に言われた言葉が呪いのように消えなかったのだ。
自分の嫌なところはそのままで、ずっとこの場所にいなきゃいけないように思えて、とても嫌だった。嫌で嫌で、当時の私は小説の一説や見かけた言葉を手帳にびっしりと書いていた。書いて、覚えて、忘れないように。自分以外の言葉で自分を作るように。

でも、そんなに必死にならなくても、出会った人や言葉に影響され、ちゃんと変化の波にのっていた。変わらないことの方が難しかった。

 私はもうここにはいられない。刻々と足を進める。それはとめることのできない時間の流れだから、仕方ない。私は行きます。
 ひとつのキャラバンが終わり、また次がはじまる。また会える人がいる。2度と会えない人もいる。いつの間にか去る人、すれちがうだけの人。私はあいさつを交わしながら、どんどん澄んでゆくような気がします。流れる川を見つめながら,生きねばなりません。
 あの幼い私の面影だけが、いつもあなたのそばにいることを、切に祈る。
 手を振ってくれて、ありがとう。何度も,何度も手を振ってくれたこと、ありがとう。
―よしもとばなな『ムーンライト・シャドウ』


変化は、川の流れのように止められなかった。
ずっとこのままでいられるようにと願うことも叶わないくらい。



ハンガーの彼と付き合っていたのもずいぶんと昔のことになってしまった。些細な、大切だった記憶も今ではなかなか思い出せない。でも彼がくれたギフトのような習慣は、今もこうして私を作るひとつになっている。
思い出せなくなっていくことは寂しいけれど、あの時出会ってなかったら今とは全く違う自分だったと思うと、思い出せなくても大丈夫だと思えた。そして必死に言葉を書き留めることもしなくなった。

あの頃の自分に、今の自分はどう映るだろう。

「そんなに心配しなくても大丈夫だよ」
そう言ってあげられるように、生きていたい。




今回引用したよしもとばななさんの作品はこちら。


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