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イタリア:デザイン起業家列伝(9/15)

本noteでは、家庭用家具編の最後としてポルトローナ・フラウ社を取り上げましょう(本noteも拙著第5章に基づいています)。本noteでは、とりわけラグジュアリーを巡る対話が特色です。メード・イン・イタリーは、ラグジュアリーなものではなく、グッドテイストなものです。そもそも、ラグジュアリーとは、自分の社会的地位を下層階級に誇示するためのものであり、その起源はフランスの宮廷社会にあるのであって、さりげなさ(sprezzatura)が尊ばれてきたイタリアの宮廷社会とは関係ありません。フランス宮廷に出入りしていた支配層に由来するラグジュアリーなモノを、自分のテイストとして日常生活に安易に取り入れないようにデザイン理論化のG.C.アルガンは警鐘を鳴らしています(*)。ルイ様式の椅子を採り入れるよりも、リバティ(アール・ヌーボー)様式の椅子の方が良いのです。

1 F.モスキーニの時代

1912年にレンツォ・フラウ(Renzo Frau)によって創設されたポルトローナ・フラウは、革職人の伝統を活かし、戦前は、大西洋を横断する豪華客船(オーシャンライナー)のキャビンに設置する肘掛け椅子の製造など行っていました―近代的な肘掛け椅子の原型とされるフモワール(Fumoir)やヴァニティ・フェアー(Vanity Fair)が代表例です。戦後に、フラウ社の伝統を再解釈しつつ、デザイナーと協業して同社を再興させたのは、1962年から同社を率いたフランコ・モスキーニ(Franco Moschini)でした(**)。モスキーニは、生産拠点を生まれ故郷のマチェラータ(Macerata)からトレンティーノ(Trolentino)に移すとともに、デザイナーとの協業を行いました。その後、フラウ社は、会長のモスキーニとCEOのG.モスコーニで相談しながら、高級家具のコングロマリットを作り上げました。フラウ社は、2003年にフェラーリ会長のモンテゼーモロが主導するファンドのシャルムの出資を受け、2004年にカッペリーニ、2005年にカッシーナ/アリアス―その後、アリアス社については2015年に手放します―そして照明器具を扱うネモ社を買収し、(2006年当時の)世界の高級家具市場で4.7%のシェアを持つ世界最大の高級家具コングロマリットとなり、2006年にはミラノの株式市場に上場しています(2010年にはテクノ社、2017年にはザノッタ社も買収)。2003年にはトーネットも買収していますが、その意図は、椅子に高いクオリティを授けることと大量生産することとをアジアで両立させることでした。モスコーニは、「トーネットが登場しなければ、イケアも誕生しなかっただろう」と述べており、トーネットが挑戦しなかったプラスチック素材を用いることも検討しながら、ただ単に低コストでデザイン性を欠くイケアの椅子とは異なるトーネットの椅子をアジアで販売しようとしています。モスコーニによれば、19世紀に木を曲げてNo.14のようなトーネットの椅子を作ることは、工業生産に適した低コストな製造方法でしたが、今日では反対にコストのかかる方法であるということです。トーネット同様、映画が盛んなアジア市場を狙って、映画館用の安価な椅子を製造する技術を保有するグフラム(Gufram)も買収したが、これは2011年に手放しています。そして2014年からは、フラウ・グループ全体が、アノニマ・カステッリ社同様、米国のヘイワース・グループ傘下に入りました。図1が同社の代表的な家具です。

フラウ1

1.1 デザインマネジメント


モスキーニは、デッツァ(Dezza)[G.ポンティとの協業]、円形ベッドのルラビィ(Lullaby)[L.マッソーニとの協業]、ガエ・アウレンティによるミニュエット(Minuetto)[G.アウレンティとの協業]、オーヴァーチャー(Ouverture)やアヒル(Donaldo)[P.ルイジチェッリとの協業]、近未来のベッドであるマドリガリ(Madrigali)[F.レンチおよびG.タロッチとの協業]などのプロジェクトを実現させ、また、フィアットやフェラーリの内装も手掛けました。
フラウ社の商品の特長は、最新のテクノロジー・デザイン・革職人の丁寧な手仕事・新たな素材の探求、という四つの側面が上手く組み合わされていることであり、同様に職人の手仕事を活かした高級家具ブランドであるカッシーナやナトッツィ社と立ち位置が似ています。
獣皮はフラウ社の象徴ですが、動物というのは、牧場にいようと家畜小屋にいようと、その横たわる向きは常に同じであるため、一方向の皮が摩耗し易く、また、臀部が腹部よりも硬くて弾力性を欠いているといった点に注意すべきであり、また後々、しばしば染みがついたり目が粗くなったりする“肘掛けや擦られる部分”がひっかき傷に強く、革が剥げ落ちないようにしなければならず、結果として最高級の牛皮を得るには、典型的に以下のような手間暇かかる処理を施す必要があるということです。

(とりわけ牛皮の場合に)塩分添加の際に失われた水分を再び加えるという意味での浸透処理(rinverdimento)、(2)獣毛を取り除く石灰処理(calcinaio)、(3)獣毛に余分に付いている脂肪分の多い肉を削り取る措置(scarnatura)、(4)獣皮の層の分割(spaccatura)、(5)希薄酸水を用いて余分な石灰を取り除くことで毛穴を開くこと(piclaggio)、(6)塩化クロムを用いて腐敗が進むのを中断させる狭義の皮なめし工程(concia)、(7)皮全体の30~40%だけを残す選別工程(scelta)、(8)望む厚さへと皮を平滑化する処理(rasatura)、(9)皮なめし工程で失われた柔らかさや自然な感じを取り戻す工程(riconcia)、(10)たるの中でアニリンを皮全体に浸透させる染色工程(tintura)、(11)前乾燥(preasciugatura)―乾燥(asciugatura)―(湿気を含んだオガクズを用いた)加湿処理(umidificazione)―なお、フレームの乾燥処理(essiccamento)もあります。(12)皮を柔らかくするために線維を切り離す工程(palissonatura)、(13)摩耗・光・染みへの抵抗を増すために樹脂をスプレーする工程(rifinizione)、(14)切り取る領域を測定(misutazione)する前に、毛穴を平らにするためにアイロン(stiratura)をかけてプレスする工程(presatura)。なお、縁取りしたり(sbordatura)、縁を削る(rifilatura)ようなことはフラウ社では実施しないということです。日本語にはないこういった語彙は、皮革処理に関してイタリアが先進国であることを証し立てていますー『ナポリ仕立て Sartoria Napoletana -奇跡のスーツ』という本にも、服を仕立ることに関して、日本語にはない語彙群が登場します。

2 G.モスコーニの証言

1999年からフラウ社のCEOとなったジュリアーノ・モスコーニ(Giuliano Mosconi)の証言によると、高級家具のコングロマリットを作ることを通じて、強烈な個性を備えた起業家がデザイナーと協業して一定のインテリアのイメージを前面に打ち出すのではなく、デザイナーの創造性を取り込む仕組みを企業の経営管理の中に入れることができたということです。コングロマリットのメリットとして、原材料の調達の共通化に加えて、複数ブランドを扱うことによる製品ラインの拡充があり、それによって製品を選ぶ楽しみを望んでいるユーザーを満足させることができる、とも述べていますー要するにマーケティングの論理を持ち込みました。
インタビューアーのカステッリの「ラグジュアリーは過剰なもの(sovrabbondanza)として体験されるので、デザインの世界に属する人にとっては、ラグジュアリーという言葉は否定的な価値を持っている」という発言に対してモスコーニは、図2を用いてラグジュアリーの位置付けを行っています。

モスコーニ3


彼によれば、ラグジュアリーは、流行に左右されず、旗艦店等で当該ブランドの歴史的な伝統を体験することができ、その点で、歴史的な伝統を欠くグッチやプラダなどのファッション・ブランドとは異なるということです。グッチやプラダは、歴史的な伝統を備えてラグジュアリーブランドになろうとしている一方で、イケアもまた、ただ単に機能の次元しかなく、歴史的な伝統を欠くとされます。カッシーナやフラウは、ルイ・ヴィトンやエルメスと同じくラグジュアリーなものとして位置づけられています(カッペリーニは、ファッションとデザインの刷新を備えたブランド)。G.モスコーニは、「ラグジュアリーという言葉に違和感があるなら、“美しくて立派な”を意味するベッロ(bello)を用いることもできる」と述べ、「生きることが芸術である(l’arte di vivere)ような暮らし方がイタリア文化であるが、そういったイタリア文化が体現されたものとして、“美しくて立派な(bello)ヨット・クルマのインテリア・劇場・飛行機のファーストクラス”などがある。」と述べています。言い換えれば、芸術作品と実用品との分離がないような商品世界を創り、その中で、生きることが芸術的な上演であるような生を全うするということでしょう。L.ピランデッロの劇作のように、人生は芝居であり、人間は役者なのですーデザインされたモノは、舞台としての世界を形成する要素(舞台装置の一つ)です。
高級品を表現するのに、イタリア人なら品の良さを意味するbuon gusto(good taste)を用いるところ、モスコーニがラグジュアリーという言葉を用いるのは、複数のブランドを管理する投資ファンドの論理に従っていると考えられ、実際B&Bの大株主であるオペラのファンドの代表であるレナート・プレティ(Renato Preti)も、実際の価値以上のプレミア部分を含んでいる製品をラグジュアリーと呼んでいます。具体的には、金100gを含んでいる宝飾品と、金80gを含んでいるデザイン性の優れた宝飾品の値段が同じである場合、金80gを含んでいる宝飾品の方がより一層ラグジュアリーであると述べています。デザイン家具分野をマーケティングの論理に回収しようとするプレティは次のように述べています。
「インタビュー・分析・他分野との比較対照からトレンド、言い換えれば、製品を理解し予感させることに役立つ社会学的なトレンドを解釈するテクニックがあり、…ディオールのジョン・ガリアーノ(John Galliano)のようなデザイナーは、企業と消費者の間に入ってトレンドに基づき、伝統ある歴史的なブランドをファッションの消費者が望むものへと変換している。…時計が常にアクセサリー以上のモノであることを考えるなら、人々は、単に時間を表示するモノではなく、ステイタスシンボルの購入を望んでいるのであり、あるいは、アクセサリーとして心を和ませるようなモノの購入を望んでいるのだ。…もちろん誰もがそういったトレンドの解釈に基づく製品開発を行うことができるとは限らず、(たとえば)フィアットがBmwのX5やポルシェのCayenneのようなSUVを作るようになるには5年はかかるだろう―5~10年前にはSUVのカテゴリーに属するクルマは存在しなかった―。(フィアットが)SUVのモデルを作るには、50億リラの投資と5~6年の歳月が必要で、デザインに成功するとは限らず、失敗も許されるべきである。」
プレティは、「ブルガリの製品がトレンドに応え、宝飾品分野で一層民主的なラグジュアリーの考え方を表現することができた。」と述べていますが、インタビューアーのカステッリは、「デザイン家具分野とラグジュアリーは対照的ではないだろうか?」と疑問を呈しています。この辺のバトルは、長寿命でグッドテイストなモノを人々に提供しようとするイタリアのデザイン起業家の立場を言明しているので重要です。
なお、シャルムやオペラといったファンドが、マーケティングの論理にのみ従い、ラグジュアリーの名の下に製品のクオリティを下げている、とデザイナーのメンディーニは述べています。精神分析における昇華の定義は、「対象をモノの尊厳にまで高める」であり、言い換えれば、芸術的に崇高で高貴なものへと対象を高めることですが、メンディーニによれば、ユートピア的なシナリオを持つ詩や神話(象徴的な次元)が、対象のみならず、対象を使う人に対しても尊厳(dignity)を与える一方で、ステイタスシンボルであるラグジュアリーはそういった昇華の次元を欠いているがために、特権階級のための玩具(gadget)になってしまう、と述べています。厳粛な宗教的な儀礼の次元が完全に払拭されて脱魔術化が完遂すると、対象は単なるコモディティへと転落すると言い換えられるでしょう。

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図3がモスコーニの共起ネットワーク図です。反面教師としてのIKEAの名前、フェラーリ会長のモンテゼーモロ、エルメス、などの名前が出現しています。

3 終わりに

モスコーニが述べている、生きることが芸術的な上演であるという観点は重要です。世界は劇場であり、ドムスは、家族のドラマが繰り広げられる舞台なのです。そういった舞台には、景観美を備えたキッチンが必要でしょう。なお、ラグジュアリーではなく、グッドテイストなモノを巡ってデザイン経営が行われていることも本noteから確認できます。もう一度、グッドテイストの位置づけを以下の図で示しておきましょう。デザインマネジメントとは、ラグジュアリー・マーケティング・ファッションのスタイリングとは異なる論理で行われるものなのです。

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(*)G.C.Argan(2003),Progetto e Oggetto,Medusa,p.96

(**)F.モスキーニィのインタビューは以下:https://www.youtube.com/watch?v=Vv6fe2ceMAk&t=1s およびhttps://www.youtube.com/watch?v=YlDzJWNn0C0

画像出典:冒頭写真:https://bit.ly/30pIgrg,https://bit.ly/3FdLpcg、図1:https://bit.ly/3HqBOAH,https://bit.ly/3CcAsFT,https://bit.ly/3HlR81y,http://www.uibm.gov.it/attachments/IPDAY2018/Panel%201/GiovannaTalocci.pdf,https://bit.ly/3Hhm3fz

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