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短編時事小説『臼井主審の絶対』

 橋安さんもモーロクしてきたんじゃないのか。若い粋のいいルーキーが好きなのは昔からだがそれにしても完全試合はやりすぎだ。橋安さんが笹川に有利な判定をしたのをオレは5回は確認した。オレが主審ならあんなことは絶対にしない。いや、あってはならない。あろうことか笹川は次の試合も無安打で抑えていたのに途中降板してしまった。まったく甘ったれてやがる。現代人なんだよな。せっかくの逸材がこのままでは周りの大人に甘やかされて大成しないってこともある。プロ野球を舐めてかかることになるかもしれない。そんなことはあってはならない。今日はオレがプロの厳しさを若僧に徹底的に教えてやらにゃあいかん。

 28年ぶりに完全試合を成し遂げ、さらに次の登板でも8回を無安打無失点で降板した球界の宝、浦安クラムズの笹川の登板日、初めて主審を務めることになった臼井は、笹川のためにも今日の試合はストライクゾーンを狭めにすることを決めていた。そのくらいのことはなんの問題もなくできるのが審判だ。審判は神様なのだ。何年前だったか、関西ライガーズの二軍の試合でオレのジャッジに文句垂れて公衆の面前でオレを罵倒してきたアホ監督がいるが、まったく野球というものをわかっていない。野球において審判は「絶対」なのだ。オレがストライクといえばストライクでオレがアウトといえばアウト。嫌いなやつには厳しくするし好きな選手には甘くなる。そんなことは当たり前ではないか。審判に公平を求めるファンがいるのに驚く。バカも休み休みに言いなさい。

 笹川の球は今日も走っているが調子に乗っとったんか知らないが初球をいきなりヒットされた。情けない。こういう甘いところを助長したのが橋安さんの甘い判定なのだ。オレが審判するからにはこれまでと同じようなことがあると思うなよ。

 アウトコースいっぱいのストライク!と思ったか?甘い甘い。他の審判ならストライクコールで試合を盛り上げるかもしれないがオレがそんなことをするわけがないだろう。ボールだよボール。あん?なんか今不服そうな顔したな。そういうところが調子乗ってるっていうんだよ。そういう態度をとるんなら今日はもっと厳しくしてやる。審判を敵に回したらどうなるかわからせてやる。

 ふん。ちょっとゾーンを狭めたら四苦八苦してる。逸材といってもそんなもんか、情けない。それでもプロかよ。またアウトコースいっぱい。はいはい、残念ボールです。あーあ、盗塁も決められた。あん?マウンドから降りてきて何しとる。オレのジャッジが不服なんか。おまえは何様や。オレは審判様や。審判様は神様や。どういうつもりや。俺様のジャッジは絶対なんや。二十歳そこそこの若僧が何を楯突いとるんや。オレは今年四十四歳やぞ。あん?キャッチャーがなんの用やねん。おまえもまだ十八歳やろ。プロ野球の世界で生きていくなら審判様への態度には気を付けろ。ほんまに情けない。こんな若僧が球界にのさばらないようにオレが防波堤にならなくてはならないと臼井は心に誓った。

 クソボールがバッターの足に当たった。さっきの若僧もこの中継ぎに比べたらさすがにいい投球をしていたな。あん?デッドボールだよ。早く一塁に行きなさい。あん?当たっていない?審判の言うことは絶対なんだよ。当たっていなくてもオレが当たったと言えばデッドボールなんだよ。だいたいデッドボールにしておいたほうがチームに有利になるのにバカじゃないのか。若いのの考えることはわからん。それならもう一度打ちなさい。本当に。若いのの考えることはわからん。

私はこの審判のことのほうがわからない。

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