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短編小説『SDGsの無駄遣い』

 例えばパソコンで「校長」と打ちたかったのに間違えて「町長」と打ってしまったとする。この場合、「町長」を丸ごと消したうえで改めて「こうちょう」と打つと簡単に「校長」が出てくる。
 ところが普段から口ぐせのようにSDGsと言っている由里子さんが声をあげる。
「こら、今見てたで。町長の後ろの長は消さなくても変換できるでしょ。校長の長も町長の長も同じ字なんだからもったいないことはしたらあかん」
 出た。消したときに嫌な予感はしていた。後ろに視線を感じたときは時すでに遅し。
「いや、由里子さん、違いますやん。全部消してしまうほうが校長が簡単に出てきますやんか」
「そういう言い訳は見苦しい。いっさいの無駄を許さないのが我が社の方針なんだから今のはあるまじき行為です」
「そうですけど見てくださいよ」

「こう」→「幸」「香」「公」「黄」「紅」「甲」「江」「皇」「口」「高」「攻」「光」「綱」「広」「航」「交」「神」「項」「工」「功」「後」「行」「孝」「耕」「候」「煌」「講」

「全然出てこないじゃないですか。校長って打ったらすぐ出てくるんです。出してしまってから長を消すほうが遥かに無駄がないと思うんですけどね」
「あなたはいつもそうやって自分の非を認めないからはっきり言うて見苦しいわ。そんなもの、はじめっから打ち間違えなければいいだけの話やん」
 だめだ。何を言っても話にならない。
 由里子さんは職場の隅々に目を光らせて無駄がないかをチェックしている。作業が終わっているのにパソコンを起動したままにしておいたらすぐにシャットダウンするし、トイレの紙の使い方にもいちいち指導を入れる。そんな調子だから由里子さんは全く自分の仕事が進まないから毎日毎日残業しており、眉間に皺を寄せてはため息を吐く。ええ加減、辟易としていたらある日、由里子さんがいなくなった。ああ、確かにあの人が一番無駄だったからな。

蠱惑暇(こわくいとま)

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