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1人目の客になれた話 新京極蛸薬師編

 涌井慎です。趣味はオープンしたお店の1人目の客になることです。京都は祇園祭、3年ぶりに通常の(おそらくほぼ通常の)お祭り開催ということで、本日も京都市内は大変賑わっております。マスクして感染症対策は万全のうえでお祭りを楽しむ。人は欲張りな生き物なのだ。

 町のいたるところから祇園祭の蘊蓄が聞こえてきます。どこかで聞いたことのある話です。京都のこと、えらい詳しいんどすな〜とか言ってやりたくなります。少し京都の人になったような気がします。こういう似非京都人がいちばん京都人にバカにされるので気をつけましょう。ただ、幸いなことに京都の人たちは、こちらが気づかないようにイヤミを言いますので、気づかないうちは問題ありません。三日後、一週間後、あるいは、ひょっとすると三年後に「あの時のあの人のあの言葉、あれは私に対するイケズやったんかしら」と気づいたときには、時すでに遅し。何も知らない頃の自分が恥ずかしくなるのです。しかし、京都人に限らず、人の一生というのは、そういうことの繰り返しなのではないかと思います。

 四条烏丸を出発し、四条通りを河原町方面へ歩いていきます。「1人目の客」と書かれた赤いTシャツをチラ見する人のことが、こちらにはよくわかります。頭頂部の薄いのを気にしておられる方も、きっと今の私のように、その視線には確実に気づいていて、チラ見するこちら側の人間をうんとバカにしているのかもしれません。人の気持ちがわかる、というのは、こういうことなのでしょうか。「他人の靴を履く」ということですね。

 新京極通りを北へ上がります。新京極にも祇園祭の提灯が吊られております。祇園祭といえば、山鉾巡行やその前日の宵山の人の賑わいを連想しますが、祇園祭は八坂神社のお祭りでして、八坂神社から出る御神輿は新京極の近くにある御旅所へ向かいます。こういう話を最近はよく耳にします。読まされてる感じの人と、ちゃんとわかってる人とでは、やっぱり全然違います。祇園囃子が聞こえます。

 蛸薬師通りを東へ曲がると、すぐそこにお目当ての店があり、13時開店の40分前、客は誰もおりません。思っていたより小さなお店です。店の幅は2m無いくらい。たぶん、私が寝転がったらジャストサイズです。寝転んでやろうかと思いましたがやめました。カウンターの奥には女性が1人。ずっと後ろを向いて、何やら機器のチェックをしておられます。そういったものに疎いため、何の機器かはわかりませんが、何かのっぴきならない事情で切羽詰まっているというわけではなさそうなので、危機ではないと思います。

 2分ほど後ろを向いたままだった女性が振り向いたら私がいます。縞のカーデガンに赤い1人目の客Tシャツを着た42歳のおっさんが、さっきまで誰もいなかったはずのところに居るのですから、女性はきっと驚かれたことでしょう。まだオープン40分前ですし。しかし、女性は、その驚きをおくびにも出さず、私に微笑みかけてくださいました。

 「1時オープンですよね。待たせてもらってもよいですか」「ありがとうございます。まだ随分時間がありますし、この炎天下です。それでもよろしければ」「ありがとうございます。それでは待たせていただきます。実は私、オープンしたお店の1人目の客になるのを趣味にしておりまして」「そうなんですね。日差しが強いので申し訳ないんですが」

 Tシャツのことは全く触れてくださらなかったので、やや正面を向いて胸を張ってみせたのですが、やはりリアクションはなく、女性は開店作業に移りましたので、私は、その張った胸の仕舞い方に悩みながら、しばらく張らせたままにしておりました。

 バタバタしておられます。スマートフォンをトランシーバーのようにして、どなたかと開店前の確認をされています。ウォーキートーキー。「いろんなお店によって開店前の風景って違うものでしょう」突然、女性が話しかけてこられたので、そういうのに慣れていない私は狼狽えました。「あ、あ、あ、え、あ、あ、そうですね。店によって全然違いますね。こんな風に話しかけてくださる店もあれば、開店までは完全無視のところもありますし!」「開店前であたふたしてるっていうのも、なんだか、申し訳ないですね」「いえいえ、あ、え、あ、その、あの、わてくし、あの、その、こういう言い方は失礼かもしれませんが、そういう開店前の雰囲気を見るのも、なかなか楽しいものです!」

 5分ほど経ち、ひょっとすると、先ほどからの女性との一連のやり取りは、「まだ開店してないんやさかいに、こんなとこで並ばずに、どこかで時間を潰してこい」ということだったのだろうか。と気づいてしまい、しかし、このまま気づかないフリをしておくことにしました。実際のところはわかりませんが、思い返せば、女性が私に投げかけた言葉の全てが、捉え方によっては、そのように聞こえるのです。考えすぎかしら。

 13時。開店と同時に私は「京風蜜芋芋かすてら」を注文しようと決めました。超極蜜芋はるかの焼き芋が底にぎっしり詰まっているらしい。京都産日本酒と澄ましバターで香りつけしたしっとり上品なカステラです。こいつは楽しみだね。どこからか、別の女性スタッフが来られました。「お客さま?」「はい、1人目のお客さまです」やり取りに私の心は弾みます。おもいきって「もしよろしければ、お写真撮っていただいてもよいですか」と聞くと「もちろんです」と快諾してくださり、私が再び、胸を張って「1人目の客」を強調すると、「うわ〜、すご〜い!」と言いながら写真を撮ってくださいました。ありがとう。40分待った甲斐があったよ。そして私はわかりました。あなたの言葉に嘘はなかった。

 7月15日・金曜日、午後1時、新京極蛸薬師にオープンした「京都芋屋 芋と野菜」の1人目の客は私です。


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