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東華菜館と言霊

 数日前、四条大橋を越えて南座のほうへ向かう際、西詰にある東華菜館の佇まいを眺めながら、私はため息まじりに「東華菜館、行きてえなあ」とつぶやいたんです。十年前くらいに一度行ったきりの名店の前をこの十年、何度通り過ぎたことでしょう。もうどんな料理が出てくるかもよく覚えていないのですが、とにかく美味かった記憶だけは鮮明ですから、心の声が漏れ出てしまったのでした。

 なんと、その東華菜館に昨晩、連れていっていただきました。今回、私はご馳走になる身分でしたので、「何が食べたい?」と聞かれ、「なんでも構いません!」とお答えしていたところ、まさかの東華菜館ということで、こんなすぐに願い事って叶うものなのか、と我ながら驚いた次第です。言霊ってあるんですね。

 この流れで「宝くじに当たりたい」などと口にするのは、なんとも情緒がないというか、なんとなく言霊ってそういうことじゃないねん、っていうブレーキがかかってしまうわけで、そういう人間だからこそ、いつまで経っても宝くじには当たらないんだろうなとも思うんですが、じゃあ、言霊にどんな言葉を捧げるのか、といえば、やっぱりそこは「作家になりたい」「書く仕事がしたい」というような、将来のあるべき自分像への希望を思い描いた言葉しかないわけです。「宝くじに当たる」というのは将来のあるべき自分像への通過地点でしかありません。肝心なのは、当たってからどうするか、なのであって、当たること自体を目的にしてしまってはいけないのです。書いてみてわかった。だから私は「宝くじに当たりたい」を言霊に捧げたくなかったのだ。

 それにしても東華菜館、めちゃくちゃ美味かったな。前菜盛り合わせとか、前菜のくせに生意気なくらい美味かったよ。あんな前菜に先に出られたらメインは出にくいやろうなと思ったけど、メインも堂々としてた。美味かったなー。また東華菜館、行きてえなー。

蠱惑暇
こわくいとま

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