タバコは嫌い、でもタバコは好き
僕はビリヤードが大好きだ。
昔は毎日ビリヤード場に通って球を突いていた。
ビリヤードはマイナーなスポーツで、周りからは「チャラい」などと言われ、そんなに評判はよくなかった。何故、ビリヤードに夢中になっていたのかは自分でも分からない。それなりにやっていたため、もちろん上手くなった。
僕が通っていたビリヤード場は、緑色の台が7台。電気は真っ白。壁は薄黄色で、椅子やテーブルはブラウンの木で作られたレトロな雰囲気だ。毎日19時ごろには全ての台がお客さんで埋まる。
ビリヤード場にはいろんな人がいる。一言も話さず真剣に球を突く人もいれば、笑いながら球を突く人もいる。友達と遊び来る人。恋人とデートに来る人。家族と休日を過ごしに来る人。仕事で疲れて酒を飲みながら球を突く人。
本当にいろんな人が遊びに来る。
大袈裟な表現かも知れないけれど、いろんな人が大切な人との思い出を作りに来る場所がビリヤード場だ。
僕にとっても大切な場所になった。
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そんなビリヤード場は毎日同じ匂いがする。タバコの匂いだ。考えてみるとそれは当たり前のこと。だって9割の人がタバコを吸いながらプレーするから。
・相手のプレーを見ながらタバコを吸う。
・自分の番が回ってくる。
・タバコを灰皿に置き、ゆっくりと立ち上がって自分のプレーをする。
この繰り返しだ。1時間で灰皿には5本以上は吸い殻が溜まっている。
それがある種スタイルであり、かっこいいとされている。それがビリヤード。
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ところで香りには昔の記憶を呼び起こす効果があることを、あなたは知っているだろうか。(ここでは脳科学的な説明は置いておこう)
昔の恋人が使っていた香水の香りがすると、当時を思い出したと言う経験がある人は多いだろう。これはどんな香りにだって言える。整髪料の香り。お香の香り。食べ物の香り…。
つまり、誰かにとってタバコの香りは友達や恋人とビリヤードを遊んだと記憶を呼び起こすキッカケになるのだ。
ビリヤードに出会うまで、僕はタバコが嫌いだった。でも今は、そんなタバコは僕にとって大切な香りになった。
僕はタバコは吸わない。だから僕にとってタバコは身近なものではない。でもタバコという大切な香りを忘れたくないからこそ、タバコの香料が入った香水を使う。
タバコが入った香水はたくさんあるけれど、僕のお気に入りはトムフォードのタバコバニラとペンハリガンのラドクリフ。タバコと言っても香水に使われるタバコの香りは火をつける前の葉の香り。渋くもあり爽やかさもあり大好きな香りだ。
僕にとってタバコの香りはビリヤード場を思い出すきっかけの香りになっている。僕以外の誰かにとってもタバコの香りは、友達や恋人、家族との思い出を思い出すきっかけになっているのかも知れない。