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【短編小説】ポインセチア ♯アドベントカレンダー ♯聖夜に起こる不思議な話

新宿南口の改札近くで、人待ちをしていた。
相変わらず人が多い。
そして、皆、進行方向か、自分の手元のスマホか、誰かと一緒であれば、その誰かの顔を、見つめている。
スマホを見ていて、よくこの人並みの中、進めるな。

私は改札近くの花屋の隣で、目の前の人波や、花屋に置かれた花を眺めていた。間もなくクリスマスを迎えるからなのか、数多くのポインセチアの鉢が床に並べられている。
クリスマスというと、ポインセチア。
きっと、その赤い部分が、クリスマスっぽいからなのか?赤と緑の取り合わせなんて、本当にクリスマスカラーだ。

クリスマスが近づくと、イルミネーションがそれらしくなって、どこの店もクリスマスフェアとか、それに関連したものを売ったり、飾りつけもそれらしくなったりするけど、特別クリスマスに何かするわけでもなくなった。
職場でケーキを食べたりもするけど、誰か家族なり恋人なり、一緒に過ごす人がいないと、いつの間にか過ぎ去って、年末年始になってしまう。

子どものころは、サンタさんからプレゼントをもらうと意気込いきごんで、夜よく眠れなくて、でもいつの間にか寝てしまって、枕元にプレゼントが置かれているというイベントもあったのに。あとは友達と集まってプレゼント交換とかもしたような。子どもの頃の方が、よりクリスマスを楽しんでいたような気がする。

クリスマスを楽しみにしなくなった。サンタの存在を信じなくなった。
つまり、大人になったということか。何か寂しいな。

ポインセチアには赤だけでなく、ピンクや白もあるらしいと、見ていて気づいた。でも、一番クリスマスっぽいのは、赤だ。
赤は、血の色だ。そういえば、キリストの血の色とか、関係あるんだっけ。この人混みの中で、ナイフでも振り回したら、周りが赤く染まるんだろうな。それは、クリスマスらしいかな。ある程度経って、気が済んだら、胸か首筋を刺して、そこに自分の血も加えればいいかな。

でも、悲鳴もあって、あちこちに逃げる人たちがぶつかり合って、よりうるさくて、パニックになるんだろうな。それはその場で自分が死ぬとしても、嫌だ。人と人とがぶつかり合ううるささは嫌い。今みたいに、人がたくさんいても、それぞれが自分のことしか考えていなくて、絡み合うことがないうるささは、全然気にならないのに、変だな。

その様子を、遅れてきた待ち合わせ相手が見たら、なんて言うだろう?
私の亡骸なきがらを抱きしめて泣く?それとも、巻き添えになりたくないから、見て見ぬふりをして、立ち去る?
私には、どう行動するか、思い描くことができなかった。
どうせ実行しないだろうと分かっているから、そこまで考えが及ばないのかもしれない。

顔を上げていても、自分と目が合う人は誰もいない。目の前には、これほど人があふれているのに。
もう一度、足元に広がるポインセチアの群生に目をやる。
赤いほうに囲まれた中央の部分が花だけど、それが皆こちらを向いているような気がした。自分を見ている。ポインセチアたちが。

あまりにも数が多くて、その花を全部摘み取るのは無理。それにそんなことをしたら、花屋の店員につかまって、そのまま警察に引き立てられるだろう。今日予定していたことも、全部できなくなっちゃう。今日は、一緒に食事して、一緒に寝て、一緒に朝を迎える予定なのに。だから、ここで長い時間待たされても、こうやって我慢して待っていることができている。

そういえば、以前に付き合っていた恋人に、なぜかポインセチアをプレゼントされたことがあった。いや、まだ恋人とは呼べない。それどころか会って数回の異性でしかなかった。友達とも呼べない。ただの知り合い。

私が珍しそうに、花屋に並べられたポインセチアを見ていたからかもしれない。彼は今日の記念にポインセチアをプレゼントすると言った。だから、好きな鉢を選んでくれと。私は一人暮らしで、ポインセチアを貰っても、育てられるか自信がなかった。だから、断ったんだけど、彼は記念という言葉を強調して、私に綺麗な赤のポインセチアを買ってプレゼントしてくれた。

それはクリスマス前後の土日で、でも結局私たちはすぐに会わなくなってしまい、そのポインセチアだけが部屋に残った。
とても綺麗なポインセチアだったのに、私は枯らしてしまって、引っ越す時にそのままごみ捨て場に残していった。ポインセチアに罪はなかったのに。ひどいことをした。

「すごい数のポインセチアだな。」
ポインセチアを見ていた私の耳に、彼の声が届いた。
視線を向けると、スーツ姿の彼が、若干息を切らせながら、立っていた。
「ごめん。ずいぶん待たせて。」
「大丈夫。そんなに待ってない。」
私は彼を安心させるかのように、笑ってみせる。

「ポインセチア好きなの?何なら一つ買っていく?」
彼の問いに、私は大きくかぶりを振った。
「やめとく。きっと、ダメにしちゃうから。」
買った時は綺麗でも、そのままの状態を維持できるかは分からない。
それは、私と彼の関係も同じこと。
同じことは繰り返さないでおきたいけど、先のことはよく分からないから。

彼が私の方に手を差し伸べる。
私は、彼の差し出した手に、自分のてのひらを重ね、その指を絡めた。

ポインセチア
花言葉:祝福する、幸運を祈る、私の心は燃えている、清純
12月9日誕生花

私が短編小説のテーマに選ぶ花って、花と思っているところが花じゃない、物が多いな。と一人で思いました。ハナミズキとか、紫陽花あじさいとか。たまたまですが。


今回の作品は、アドベントカレンダーの企画に参加しています。
参加しすぎとか言わないでください。

私の創作物を読んでくださったり、スキやコメントをくだされば嬉しいです。