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【短編】エイプリルフール

こんな日を理由にしないと行動に出せない自分は、情けない奴だと思っている。でも、少しでも自分の逃げ道を作っておかないと、と冷静に考えている自分もいる。

テーブルの上に、所狭しと置かれた総菜の数々。
仕事帰りに買ったものや、冷蔵庫に常備されていたものなど、一つ一つの量は少ないが、小皿にとって、テーブルに並べつくすと、かなり圧巻あっかんだ。

「明日は休みだし、ゆっくり飲めるね。」
グラスにビールを注いで、テーブルの前に座った未来みらいは、俺の方を向いて、笑ってみせた。
「これ、全部食べ切れるの?」
「それほど、量はないよ。お酒のおつまみ替わりでしかないから。それに、もし余ったら、明日食べればいいよ。」
2人で、ビールの入ったグラスを重ねて、乾杯する。

別に、何かの記念日というわけではない。
月に一回、休み前の金曜日の夜。自宅でひたすらお酒を飲んで過ごすという決め事を、何となく守ってきたというだけだ。
俺たちは恋人同士ではない。ただの同居人だ。
先に上京して働き始めていた俺のところに、従兄妹である彼女が、同じく上京して働くことになり、できるだけ初回の出費を抑えたいと言って、転がり込んできた。

それから、もう2年になる。
彼女はまだ出て行く様子がない。
お互い自宅で、顔は合わせるが、寝室はもちろん別だし、食事も昼と夜はそれぞれ勝手に済ませる。洗濯や掃除は、担当制にした。
家賃や生活費は、毎月の金額を、俺6割、彼女4割で出した中から支払っている。

お互いの休みの日に何をするかとかは干渉しないし、外泊も別に咎めない。
自宅に誰かを呼びたい時は、前もって話をし、もう一方は何かしら用事を入れて、自宅から離れることにしている。
早々に、彼女は出て行くと思っていたのに、この生活に順応してしまい、文句一つ言うことはなかった。彼女に彼氏ができて、外泊が続いた時は、この快適な生活も終わるかもと思ったが、別れてしまったのか、ここ最近は外泊もない。

そう、俺は彼女との同居を、今は快適だと思うようになっている。
お互い仕事が忙しくて、平日はほぼ寝に帰るだけの生活になっているが、それでも、自宅に自分一人ではないという状況は、思った以上に自分の心に安寧あんねいをもたらした。
彼女がどう思っているのかは分からないが、俺はこの生活が続いてほしいと思っている。

だから、今日、俺は彼女に「ここにずっといてほしい。」と言うつもりだった。なぜ、今日にしたのか。というのは、今日は4月1日。エイプリルフールだからだ。
エイプリルフールは、嘘をついてもいい日。
もし、彼女に断られても、それは嘘だったと、誤魔化ごまかせるから。

あらた。もう酔っちゃったの?」
テーブルの上に置かれた惣菜類は、あらかた食べつくしていた。
急に口数が少なくなった俺に、未来は、その酒で赤くなった顔を近づけて、問いかける。
自分でも、普段より飲みすぎたという自覚はあった。これからしようと思っていることが、とても勇気のいることだから、緊張も相まって、酒を飲むピッチが上がってしまったらしい。

頭がぼうっとするし、若干視界も歪んでいる。
これは、寝てしまったら、明日は二日酔いで起きるのが辛くなるのではないか、と思う。正直、仕事が終わって帰って、彼女と飲み始めてから、もうどのくらい経っているのか、時間も分からなくなっていた。

「本当に大丈夫?」
問いかけに何も答えないのを心配に思ったのか、彼女は手に持っていたグラスをテーブルに置くと、席をたって、俺の隣に歩いてきた。
彼女の手が俺の頬に触れる。俺はその手を自分の手でつかんだ。
「新?」
「未来。好きだ。」

彼女の目が、俺の目の前で大きく見開かれた。
「だから、ずっとここにいてほしい。」
彼女は、俺のことを見ながら、何も言わずにその場にたっている。俺がつかんだ手を振りほどくことなく。あまりに動かないので、言葉を口にした自分が逆に心配になるくらいに。

俺は、彼女の顔を見つめて、名を呼んだ。
「未来。」
「・・いいよ。」
「え?」
「ここにいてあげる。」
そう言って笑う彼女を見て、今度は俺がなんと返していいか分からずに、ただ彼女の笑顔を見つめる。

「私も、新のことが好き。」
彼女の身体を引き寄せて、背中に回した腕に力を込めた。

彼女の髪の間から見えた壁時計は、午前1時過ぎを差していた。

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