見出し画像

【短編小説】好きだけど別れてみたら 有森理仁視点/有森・古内シリーズその20 最終回

ずっと来なければいいと思っていた卒業式は、あっという間に終わってしまった。肩下の髪の内、横髪を三つ編みにして後ろでまとめた髪形にしてきた彼女から、気づかれないように視線を逸らすのが、大変だった。

式の後に外した第2ボタンへの指摘に対して、「落としたんじゃないか?」と回答し、しらばっくれた。彼女も、その友達である田中も、こちらを見ていたが、何も言ってはこなかった。ボタンの行方を知っている彼女がそれに対して、何か言ってくるわけがない。なぜ、第2ボタンを外したくなったのか。彼女に、これが本当の姿だと、伝えたいだけだったのかもしれない。

彼女には、変な思いを抱いてほしくなかったから、学校では内緒にしておきたかったのに、最後の最後で凄い子どもっぽいことをしている。でも、これが最後だから、きっともうこんな思いは抱けないからと、僕は心の中で彼女に言い訳をする。彼女がそんなこと気にするわけがないのに。

そう、こんな自分が、側にすらいられなくなったら、きっと、彼女を悲しませることが多くなるだろう。自分だって、彼女がいつまで自分のことを思ってくれているのか、不安がぬぐえない。だから、最悪の結果、お互いが嫌い合って別れる前に、僕たちは別れることにした。情けない奴だと言われそうだ。

そして、卒業式に別れた僕達は、こうして、川沿いの桜並木の下に立っている。残念ながら、桜は全く咲いていない。2人が告白して付き合い始めた時は、桜が満開だった。もうあれから1年が経つ。彼女と付き合ったのはわずか1年なのに、あまりに多くのことがあり過ぎた。

「とうとうこの日が来ちゃったな。」
「そうだね。来てしまいました。」

卒業式と同じ髪形をした、彼女がそう言って微笑んだ。
今日、僕は進学する高校の寮に向かう。彼女とは完全にお別れだ。もう、付き合ってはいないけれど、最後に見送ってほしいと思ったのは彼女だった。彼女もそれを当然と思っているかのように、見送りを断りはしなかった。

「本当に早かったな。一年間。」
「付き合って、ちょうど一年だったね。」
「どうだった?僕と付き合ってみて。」
「とっても楽しかった。・・ずっと続けばいいと思うくらい。」

彼女は、それらの事を思い出したのか、嬉しそうに微笑んだ。

「僕も楽しかったけど、なんか自分の情けなさを感じることも多かったな。」
「そう?」
「何か、今まで知らなかった自分のことも知ったような気がする。」
「・・それは何となく気持ちが分かるかも。」

彼女は軽く頷いた。その様子を見て、僕は言葉を続ける。

「これからも自分はいろんなことを知りながら、成長していくんだろうな。」
「そうだよ。まだまだだよ。私達まだ15歳だし。」
「僕は、もっといろんなことを知って、成長して、それからまた戻ってくるから。」
「・・・。」
「その時には連絡する。連絡にはちゃんと応えてくれるよね?」
「うん。別れても、私にとって有森君は特別な人だから。」

彼女の言葉に、僕の胸が熱くなる。自分にとって彼女はずっと特別な人だ。同じことを彼女も思ってくれたことが嬉しい。思わず顔が緩んでしまう。そんな僕の顔を見て、彼女も笑ってくれたけど、心からの笑いというのではなく、正直笑うのに失敗していた。

「特別だと思ってくれるの?」
「当たり前だよ。」
「そうか、少し元気出た。」
「・・私にも、その元気を分けてほしい。」

僕は、彼女の体を引き寄せて、強く抱きしめた。少しでも、僕の気持ちが彼女に伝わればいいと思って。もう、十分すぎるほど伝わっているのかもしれないけど。彼女が僕の腕の中で泣き出したのだって、僕には分かってしまうんだ。

「別れる時に言うことじゃないけど。僕は本当に莉乃りののことが好きだよ。」
「私も、・・理仁りひとのことが好き。」
「・・最後に名前呼び捨てにするなんてずるい。」
「だって、これが最後だから。」

彼女は、本当に僕の心を震わすのがうまい。

顔を上げた僕をみて、彼女が自分の手を僕の顔に伸ばした。僕はその前に、自分の袖で、目からあふれ出た涙を拭う。全く止まらなくて、こんなに泣いたのはいつぶりだろうと考えてしまう。同じような顔をした彼女が、僕が泣くのを呆然と見つめていた。

「笑顔で別れようと思ってたのに。」
「卒業式の時は、我慢できたのにね。」
「あれは、学校では隠してたし。」
「今は思いっきり泣こうよ。泣くとスッキリすると思う。」

彼女は善意で言ってくれていると思うけど、この後、長時間の移動がある僕としては、泣きすぎて体力を使いたくない。

「これから電車や新幹線、乗り継ぐ身になってよ。」
「私も明日は顔が大変なことになってると思う。」
「でも、春休みだし。」
「家に引きこもると思う。」
「また、莉乃の家に遊びに行きたかったな。」
「来ればいいじゃない。好きな時に。」

元彼氏をそんなに簡単に自宅に呼ぶのは、止めた方がいい。他の男子も気にせずに自宅に呼ぶのだろうか。それは嫌だな。

僕は、彼女の前髪を払って、そのおでこにキスをした。たとえ、別れたと言っても、彼女を誰かに渡すつもりはない。彼女は僕がキスをしたところに手を当てた。

「もう、私達は付き合ってないんだから。」
「・・これは、おまじない。」
「何の?」
「それは言わない。」

彼女は不満げに僕を睨みつけた。
そんな顔をしても、僕には彼女が可愛くてたまらない。
彼女には分からない、僕だけの彼女に示した証。

彼女の笑顔や、大好きな髪の手触りや、その優しい声や、自分とは違う温かな小さめの手や、今までに一緒に過ごした思い出とか、それら彼女に関するもの全ては、僕の心に刻み込まれている。

「今までありがとう。理仁。」
「一人でいる時に泣くなよ。莉乃は結構泣き虫だから。心配。」
「もっと強くなるよ。次に会うまでには。」
「泣くのは、僕の前だけにしてほしい。」

「そうしたら、幾らでも慰めてあげられるから。」
そう言って、僕は彼女の髪を撫でる。本当は側にいたいけど、それは叶わない。離れている間に、僕も彼女も大きく変わってしまうかもしれない。でも、あの濃密な一年間は、確かに僕たちの中にある。そう思う。

大丈夫だ。
僕は必ず、彼女の隣にまた立ってみせる。

僕はもう片方の手を、決意を込めて、指を絡めて握った。

4月になりました。仕事もピークは越えたはずです。頑張った、自分。

有森・古内シリーズは、これが最終回です。
長い間、読んでいただきまして、ありがとうございました。
その1が昨年の1月25日投稿なので、1年以上経ちました。無事終えられて良かったです。

私の創作物を読んでくださったり、スキやコメントをくだされば嬉しいです。