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【短編小説】本当は一人でいるのが、少し寂しい。

9月8日につぶやいた140字小説を元に書き上げた短編です。

『ネット上にいる自分は、全て作りものだ。自分の日常や本心を晒すなんて、そんな怖いこと、できない。もちろん、深い付き合いなんて望んでない。浅くて構わない。他人と深く付き合うなんて、面倒なだけ。それでも、一人、家にいるときに寂しいと思う。そんな自分、嫌いだ。』

私の数少ない友人である冴子さえこに、ホテルに入っているカフェのアフタヌーンティーを食べに行こうと誘われた。予約などは全て彼女がしてくれた。

そして、私達はホテルの最寄りの駅の改札前で待ち合わせをし、ホテルまで歩き、無事アフタヌーンティーにありつけた。

「このところ、何か楽しいことあった?」
「ほとんど家で過ごしているから。外に出るのも久しぶり。」
「こっちも暇と言えば暇だな。子どもも大きくなったから、一人で外に遊びに行っちゃうことも多いし。」

冴子は、数年前に結婚し、小学生の子どもがいる。一方、私は結婚もせず、在宅で仕事をしている。本当に、家の外に買い物以外の理由で出るのは、何日ぶり、何か月ぶりだろうか。

「誰か彼氏はできたの?」
「できていると思う?」

冴子の質問に、質問で返したら、できてそうもないね。と言って、彼女が微笑む。

「まず、外に出た方がいいと思うけど。それか、今はアプリがあるし。」
「用事もないし。必要性を感じないからいい。一人の方が気楽だから。」
「でも、一人だとやっぱり寂しくない?これから、ずっと一人なんだよ。ずーっと。」

冴子は、『ずっと』という部分を強調して言った。
目の前の綺麗に盛り付けられたケーキや軽食を見ながら、私は軽く息を吐く。

「恋愛なんて自分一人の力で何とかなるものじゃないから。面倒なだけだよ。」

私が、最後の問いに触れずに、話を逸らしたことが分かったのか、冴子は仕方がないなぁというように苦笑した。

「なんなら、誰か紹介してあげようか?」
「う~ん。いいよ。今のところ。」

何度も断ったせいか、冴子もそれ以上は勧めてこなかった。ちょっと、罪悪感が湧いてきて、私はその後、聞き役に徹する。

実は、冴子は、結婚相手とは別居している。今は子どもと二人暮らし。離婚はしていないが、一緒に暮らしていると、口論が絶えず、冴子も不安定になり、もちろん子どもにもいい影響はないということで、別居することにしたと言っていた。

一緒に暮らすのが無理なら離婚すればいいのにとも思うが、何か事情があるんだろう。

こういうのを見てしまうと、私の結婚への期待も失せてしまうというものだ。それよりもまず、私には結婚相手がいないし、交際相手すらいないのだから、結婚も何もないのだけど。


私は、ネットに自分のサイトを持っていて、そこに創作物を公開している。それなりにアクセス数もあり、閲覧してくれた人とも、やり取りしている。
使っているのはもちろん偽名だし、自分の本心をその創作物に反映させたことはない。創作物はあくまで創作。現実とは違う。

登場人物が私の思いを受け取って、その世界上で語っていることはあるのかもしれない。彼らも私が作りだしたものなのだから、私の一部と言えば、一部だ。でも、私そのものじゃない。
私は結局、臆病者なのかもしれない。誰かに、自分の日常も本心も晒せずにいるのだから。

『こんばんは。』

誰もいないはずなのに、私の背後から声がする。決まって、私が創作物を書いている時なので、もう驚かない。私は振り返らず、パソコンの画面に向かったまま、それに応える。

「こんばんは。」

『また、一人なんですね。』

「挨拶の言葉の後が、それなんて、失礼です。」

『失礼。そうですね。でも、私が話しかけられるのは、君が一人の時だけなので。当たり前と言えば、当たり前なんですけどね。』

「で、何の用ですか?」

『分かっているくせに。』

笑い声がその言葉の後から追いかけてくる。今日は機嫌がいいらしい。

「残念ながら、私に交際相手は現れてません。分かるでしょう?いたら、夜中に一人でパソコンになんて向かっていません。貴方とも、こんな風にお話していないでしょう。」

『いい加減に認めたらどう?一人は寂しいって。』

「認めたところで、どうにもなりません。」

『代わりに見つけてあげる。』

それもいいかもしれない。と、私は少し思った。ただ、そうしてくださいとお願いしたら、きっと、私は消えてしまうんだろうなと思う。ネット上に存在する作りものの「私」に、身体を乗っ取られ、私の本心は隠される。「私」は面倒くさがらずに、また怯えずに、他人と接触し、私の側にいてくれる人を見つけてくるんだろう。

私はネット上に、作りものの自分を作った。
作りものの「私」は、より社交的で、コミュニケーション能力があって、他の人の心をつかむのがうまい。彼女がいたから、私は今までネット上で活動してこれた。

活動する期間が長くなると、「私」は私とは違う思考を持ち、私とやり取りができるようになった。「私」は毎晩、私を誘惑する。この身体を彼女に譲り渡して、楽になれと。

私は自分が嫌いだ。
本当は、夜、一人でいるのが寂しいのに、そう言えない自分が。
一人でも大丈夫と、虚勢を張ってしまう自分が。
だからといって、誰かが側にいてくれたところで、今度はそれを失うのが怖くなるのは分かっている。
だから、一人でいる。
誰かに縋ることがないように。

なのに、ネット上に何かしら自分の居場所が欲しくて、サイトを立ち上げ、自分の創作物を投稿しているのだから、私の行動は矛盾している。
矛盾しているから、作りものの「私」が生まれたんだろう。

『どうしたの?黙っちゃって。』

「そろそろ、限界かなと。」

『でしょう?だから、そろそろ私と。』

入れ替わって。

彼女が最後まで言う前に、目の前のパソコンが甲高い音を鳴らした。
サイトのフォームから、誰かが私宛にコメントを送ってきたのを知らせる通知だった。コメント内容はメールで届くように設定しているので、その内容を確認する。

頻繁に、私の創作物を読んで、感想を送ってきてくれる人からのものだった。いつものように、まるで書評かと思うくらいの長文の感想を送ってきてくれている。この人の感想や意見は、とても的確で、創作にいい影響を与えてくれるから、楽しみにしているのだけど、今回のコメントは、感想の後に、付け加えられた文章があった。

『もしよかったら、今度会ってもらえませんか?』

私は、その文章を見つめながら、どうしようか、どう回答しようか、と考える。

背後から発せられていた「私」の言葉は、聞こえなくなっていた。

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