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【短編小説】好きでいることの証

久しぶりに会って、話が弾み、カフェに長居をした僕達だったが、そろそろ終わりにしようと、席を立つ準備をしていた時だった。

「私、南室くんが好き。」

その言葉に、彼女の方を振り向くと、彼女は僕の視線を受けとめて、ニッコリと笑った。

「えっと。」

思わず言いよどむ。自分の聞き間違いかと思う。だって、そんなそぶり、先ほど話している間に全く出なかった。

「聞こえなかった?南室くんが好きって、言ったの。」

やはり、聞き間違いではなかったらしい。でも、なぜこのタイミングで言い出すのかが分からない。

「信じてない?」

彼女の言葉に、軽く頷く。

「久しぶりに会って、こうやって話して、やっぱり私は南室くんが好きだなと実感したの。」

「いや、でも・・。」

そうは言われても、直ぐには信じられない。もし、まともに受け取ったら、冗談だったと返されるのではないかと身構える。

「でも、そんなこと言っていいの?」

「・・それは私が結婚してるからと言いたいの?」

「そう。旦那さんに申し訳ないとか思わないの?」

「なぜ?別に結婚してても、他の人を好きになることはあるでしょう?」

「・・自分は結婚してないから、そう言われても分からないけど。」

ただ、自分の結婚相手が、他の人のことを好きだと告白されたら、嫌だとは思う。でも、彼女は本当に分からないという表情をしている。結婚生活はうまくいっていないんだろうか?

「何をすれば、信じてくれる?」

「・・じゃあ、この後、僕の家に行って、僕と寝てくれる?」

そう返したら、彼女は流石に考え込んだ。きっと、その内笑って、「そんなの無理だよ。」とか言い出すに決まってる。

「今からだと、南室くんの家、泊まらないとだめだよね?明日、仕事だからなぁ。」

確かに、窓の外の空は大分暗くなっている。でも、気にするのはそこではないと思う。それよりも、旦那のことを気にしろよ。

「でも、仮に私が南室くんと寝たとして、それは私が南室くんのことが好きな証明になるの?南室くんは、好きな人としか寝ない人?」

「・・それは。」

彼女の言葉を頭の中で反芻はんすうする。いや、異性に望まれたら、よほど生理的に受け付けない人でもない限り(そんな人いたこともないが)、ほいほい寝るだろうな。そして、僕は彼女がいいと言ったら、迷わず彼女のことを抱くだろう。

「まぁ、女性は好きな人とでないと、寝ない人が多いかもしれないけど。あまり気にしない人もいるんじゃない?嫌いな人でなければOKとか。私がそうだったらどうするの?南室くんを好きなことの証明にはならないよ?」

そう言えば、彼女は頭のいい人だった。一緒に勉強した時も、丁寧に分かりやすく教えてくれた。だからこそ、彼女がこんな自分を好きだという言葉が信じられない。

「とは言っても、やっぱり好きな者同士がする行為となると、セックスなんじゃ?」

「それはどうかな?でも、そうなのかな。だから、私はここ最近一緒に寝てないのかな?」

・・やっぱり、結婚生活がうまくいってないんじゃないか。
僕は彼女を見て、大きく息を吐く。

「なに、その態度。」

「いや、何なら別れて、僕と一緒になる?」

「なんで、そんな話になるのかな?私は南室くんのことは好きだけど、結婚したいとは一言も言ってないけど。」

「好きな人と結婚したいとか思わないの?」

「思わない。だって、好きな人と結婚すると、その人のことを好きだと思えなくなるから。」

「?」

彼女の言っていることがやはりよく分からない。これは僕の理解力が足りないせいなのか、それとも結婚してないというその違いの為か。僕を見る彼女の顔が泣きそうに歪んだ。

「結婚式の時が一番ピークだった。私は彼のことが好きだと思った。でも、それから一緒に暮らしていくと、嫌いになったわけじゃないけど、恋人として付き合ってた頃の好きという気持ちは、どんどん減っていって、今じゃ寝室も別だし、夕飯だって一緒に食べることが少ない。彼は私が寝た後、深夜に帰ってくるし、朝は先に出て行くし。」

「それは・・。」

「私は、南室くんが好きなことを伝えたかっただけ。結婚したら、この気持ちは消えるから、しない。」

やっぱり、結婚ってめんどくさいんだな。

「あのさ。別に僕と結婚しなくてもいいけど、それほど相手とすれ違ってるなら、まだ一人でいた方がましじゃない?」

「でも、一人は寂しいし。」

「一緒に暮らしているから、寂しくなくなるかというと、違うと思う。それどころか、余計寂しくならない?」

「・・・。」

「少なくとも僕はそう思うけど。」

「・・やっぱり、一人は嫌。」

「なら、正直に自分の気持ちを伝えてみたら?もし、それでだめなら。」

彼女は、僕の言葉が途中で切れたタイミングで、顔をあげる。その表情があまりにも無防備で、僕は彼女を引き寄せそうになる自分を、心の中で必死に止めた。

手を伸ばすのも簡単だし、一緒に足を踏み外すのだって簡単だ。でも、それをしたら、たぶん自分は彼女の旦那と同じ立場に落ちる気がした。それでは意味がない。自分は結婚したからといって、彼女のことを女として見ない、そんな奴ではないということを示さないと。

彼女に分からないように、自分の手を握りこむ。そして、彼女の視線を真っすぐに受け止めて、僕は口を開く。

「別れて僕のところに来ればいい。安藤さんが僕のことを好きだっていうのなら、僕はそれが証明されるまで付き合うよ。君の側で。」

彼女は、僕の言葉を聞いて、表情を緩めた。そして、クスクスと笑い出す。

「そんな、南室くんだから、私は好きになったんだよ。」

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