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【短編】もう恋なんてできないと思ってた。

とても好きだった人と別れてしまった。
おかげで、私はどこか壊れてしまった。
アプリなり、ネットなり、リアルなり、私は交際目的で知り合った男性と、すぐに身体を重ねてしまうようになってしまった。

とにかく、今の寂しさを捨ててしまいたかった。
とにかく、自分は誰かにとって必要な存在であると感じていたかった。

そんな自分本位の考えは、直ぐに相手には伝わってしまって、そんな関係は会って数回で終わっていく。
誰もそんな自分を諫めたり、責めたり、咎めたりはしなかった。そうする前に相手は離れていくからだ。

それに、私も新たに恋をしたいと、思えなくなっていた。
気持ちが伴っていなくても、一時のぬくもりなら、得ることができなくもない。あんなに辛い思いはもうしたくない。
でも、そんなことを続けていると、心のどこかが擦り切れていって、自分が自分でなくなっていくような気がする。

その内、自分でも、こんなことは止めたいと思い始め、でも、他にこの思いを解消する方法が分からなくて、結局続けてしまう。一歩間違えば、または相手がそれを利用する人であれば、私の人生は大いに狂っていただろう。
幸いなことに、それぞれの関係が深いものではなかったから、混乱を引き寄せる前に、全てが終わっていった。

傍から見れば、私は普通の学生だった。そして、ある中小企業に就職した。
就職してからは、前ほどは、相手を変えることはなくなったけれど、交際はどれも1年は続かなかった。そして、個々の交際は、数日程度の間は空いたものの、ほぼ途切れない。

私は壊れたまま動き続けた。
もちろん、誰にも、そのようなこと、話せない。
その時々に付き合ってる彼氏にも。


「どうでしたか?久しぶりの絵画鑑賞は?」
「・・とても、楽しかったです。」
そう答えると、目の前の男性は、瞳を細めて笑った。

彼は、私の友達が紹介してくれた人で、今日は初めてデートなるものをしている。何でも休みの日は、彼は一人でも近隣のギャラリーや美術館に行って、絵画鑑賞をしているらしい。私は、学生の頃美術部だったので、絵はもっぱら描くものであり、鑑賞したことは数回しかなかった。しかも、社会人になってからは、ほぼない。

休みの日の過ごし方の話から、では、一緒に絵画鑑賞をしようという話になり、そして、今日実際にギャラリーに行って、今は近くのカフェでお茶をしている。

久しぶりのギャラリーはとてもよかった。何も語らず、自分のペースで、絵を見ていられるというのは、とても心が落ち着いた。
時々、彼のことを確認してみたが、彼も私のことは気にせずに、絵画鑑賞を楽しんでいたようだった。

絵について、感想を述べられたりすると、それはそれで困るんだけどな。
絵を見るのは好きだが、それについて意見交換のようなものをするのは苦手だ。

「美央さんの気に入った絵はありましたか?」
「・・気に入った絵ですか?」
ギャラリーに飾ってあった絵はどれも良かったけど、強いてあげるとするならば・・。
「最後の一つ手前のコーナーに飾ってあった、あの雨の風景ではないですか?」
「なんで、わかったんですか?」

雨が降る暗い街の中、赤い傘を差した男性が立っている絵だ。
私が驚いて尋ねると、彼は嬉しそうに顔をほころばせる。
先ほどから思ってたけど、この人は本当にいい笑顔をする。
「ずっと、見ていましたから。」
「私をですか?」
それは嘘だと、私は思った。私だって、ずっと絵だけを見ていたわけではない。彼に視線を向けても、彼と視線は交わらなかった。

「はい。貴方が私を見ていない時に。」
そんなことが可能なのだろうか?
何となく、はぐらかされているように思わなくもなかったが、それ以上追及しても仕方ないと思い、私は口を噤んだ。

「楽しんでいただけたようでよかったです。」
「谷口さん。この後のご予定は?」
「今日はもうお開きです。美央さんは、確か副都心線ですよね。改札まで一緒に行きましょう。」

その言葉を聞いて、私は何も言えなくなってしまった。彼は押し黙った私に向かって、不思議そうに告げる。
「どうしました?」
「あの、まだ時間があると思うんですけど。」
「美央さんはご自宅まで帰るの遠いですよね?さすがに夜遅くにお別れするわけにはいきません。」
「明日は日曜日ですし。これでお別れするのは、寂しいなと思って。」

今の私には、たまたま彼氏はいなかった。
だから、友達から異性を紹介してくれると言われた時は、すぐその申し出を受けた。
彼は私に好意を持ってはくれたようだし、私も彼に嫌悪感は抱かなかった。
今までの相手は、寂しいと伝えれば、私の言葉に応えて、一緒にいてくれたのだから、彼も同じはずだと思っていた。

「美央さん。何を急いでいるのですか?」
「え?」
思ってもみなかった問いかけに声を上げると、彼は私の顔を見て、言葉を続けた。
「私達は今日お会いしたばかりです。もちろん、私も今日はとても楽しかったから、別れるのは寂しいです。」
「なら・・。」

「でも、私達はもっとお互いをよく知るべきだと思っています。このまま関係を続けたいと望んでくれるのなら。」
「・・・。」
「時間はたくさんあります。」
「・・こんな私はお嫌いですか?」
彼がキョトンとしたように私を見て、私は思わず自分の口を押さえた。
何を言っているのだろう。私は。

しばらくすると、彼がフフッと笑った。
「嫌いだったら、こんなことは言いません。」
見惚れるような彼の笑顔を見ながら、私は自分の鼓動が早まるのを感じていた。

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