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【短編】観覧車

今まで自分たちのいたところが、どんどん小さくなり、代わりに淡い水色の空が近づいてくる。
外の景色に見入っている彼女の横顔を見ながら、自分は思ったより緊張していることを感じた。

もう、そうしない内に、僕たちは高校を卒業する。
僕は家から通える範囲の都心の大学に、彼女は地方の大学に進学する。
卒業したら、もう会うことはない関係だった。今の僕たちは、同じ高校の同級生でしかないからだ。

卒業前に、一緒に遊びに行きたいと言い出したのは、彼女の方だった。
土日に特に予定の入っていない僕は、彼女の誘いに応じた。
共通の友達の多い僕たちだったから、てっきり複数人で会うものと思っていたが、当日になってみると、彼女と僕の2人で遊びに行くことになっていた。

彼女の私服姿は新鮮だった。普段は高校の制服姿だし、学校以外で会うのも初めてではないだろうか?何か会話を交わす度に、彼女は「これは思い出作りだから」と強調した。勘違いをするなといいたいのか。よく分からない。

そして、今2人で、観覧車に乗っている。

「ねぇ。林君。」
「なに?」
「彼女には、今日のこと話してきたの?」
「話してないけど。お互い休みの時に何してるかは知らないし。」
口には出さないけど、このところ彼女とは会う頻度が減っていた。なんとなく、卒業と同時に別れるんじゃないかと思っている。

「それはだめだよ。彼女が不安になるから。彼女が別の人から話を聞く前に、ちゃんと話しておいて。友達と遊びに行ったって。」
「佐々木と2人で、観覧車に乗ったって?」
それは、よけいに誤解を招くのでは?
僕が言いたいことが分かったのか、彼女は顔をしかめた。
「そこまで具体的でなくていいけど。そろそろてっぺんだよ。」

彼女の言葉につられて、窓の外を眺める。下を覗き込まなければ、周りは水色一色だ。今日は雲も端の方にしかなく、快晴と言っていい。
「綺麗だな。」
「・・そうだね。今日は私に付き合ってくれてありがとう。」
「いや、別に。」

「私一人だったから、びっくりしたでしょう?」
「それは。確かに。」
「思い出が作りたかったの。林君と。もう会えなくなるし、姿も見られなくなるから。」

そう言って笑う彼女の顔が、やけに女っぽくて、ドキッとする。学校では意識していなかったけど、彼女でもないのに、2人で休みの日に会うのは、失敗だったかと思う。変に意識してしまって、うまく受け答えができない。

「私は・・林君のことが好きだった。」
「佐々木。」
「これが最後だから、言っておきたかった。」
「僕はその気持ちに応えられない。」
「そんなの分かってる。なんで、彼女のいる人を好きになっちゃったんだろう?」
彼女は、僕を見てぽつりと呟いた。

「でも、大丈夫。大学に行ったら、彼氏作るよ。林君に負けないくらいの人。」
「なに、それ。」
「だから、もう一つ思い出作りに協力して?」
彼女が立ち上がって、自分の隣に来ようとするのを、手で止めて、僕が彼女の隣に移動した。

「早く。地上に着いちゃう。」
「まだ、大丈夫だと思うけど。」
「私を彼女だと思って。一回だけでいいよ。」
彼女はそう言って、目を閉じる。
窓の外の様子を横目で見ながら、僕は彼女に自分の顔を近づけた。

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