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【短編】梅雨の終わりの暑い放課後/有森・古内シリーズその11

屋上に続く階段の踊り場の床に座り込んで、その床の冷たさを味わっていると、階段に人影が映った。
「り・・。」
待ち人が来たと思って、声をかけようとしたが、その姿を視認して慌てて言葉を飲み込んだ。

莉乃りのから伝言。終わるのにもう少し時間がかかるから、待っててだって。」
声をかけてきたのは、古内莉乃の友達である田中杏奈だった。通学バッグも持っていたから、伝言をしたら、帰るつもりなのだろう。
「わかった。ありがとう。」
彼女はそのまま立ち去るのだろうと思っていたが、通学バッグから水筒を取り出しつつ、僕から離れたところ、階段の縁に腰を下ろした。

「帰らないのか?」
「少し話をしようかと思って。」
「何か、話すことなんてあったっけ?」
彼女は水筒に口をつけて中身を一口飲むと、僕の顔をじっと見つめる。
「有森君さ。莉乃と付き合ってるんだよね?」
「・・何のこと?」
答えをはぐらかそうとしてみたけれど、ここに莉乃からの伝言を受けてきていることからして、莉乃からそう聞かされている可能性は高い。

「あ~、莉乃からは何も聞いてないよ。」
田中はそう慌てて付け足した。
「田中からはそう見えた?」
「去年よりお互い関わらなくなったなと思って。でも、時々2人して相手に視線を向けてることは多いなと思ったから。」
間違ってた?と彼女は僕の顔色をうかがった。
「・・いや、合ってる。」

おおやけにしないのは、莉乃を守るため?」
「そこまで分かってるんだ。さすが、田中。」
「だって、私は莉乃の親友と言ってもいい立場だからね。」
彼女は得意げに言ってみせた。
「でも、ちゃんと莉乃に自分の気持ち伝えてる?このところ、莉乃あんまり元気ないんだよね。」
「一緒にいる時間は増やすようにしてるけど。」

そう答えつつも、自分でもあまり彼女の不安は消すことができていないと感じていた。どうすれば不安が消えるのか、それもよく分からない。
「莉乃と有森君は同じ高校を目指してるの?」
「・・そのことについてはちゃんと話したことがない。」
「お互いの将来の事でしょ?ちゃんと話したほうがいいよ。」
将来が見えないから、莉乃は不安に思ってるんだろうか?だとしたら、お互い話し合ったとしても、彼女の不安は多分消えない。
僕たちは同じ高校には進まないだろうことが、もう分かっている。

「田中はもう行く高校決めたのか?」
「決めたよ。でも公立だしね。私立併願できないから、確実に行けそうなところ一本に絞るよ。」
「り・・古内はどこに行くか聞いてる?」
「それは私の口からは言えない。直接本人から聞いて。」
「・・分かった。」
「有森君はちなみに高校決めた?」
「古内にまだ話してないから、古内に話したら、田中にも話す。」

彼女は僕の答えに納得したように頷いた。
「そういえば、この間体育館裏で告られてたでしょう?」
「何で、知ってるんだよ?」
「私の情報網を甘く見てはいけない。たしか有森君と同じ部活の後輩の子。」
「・・もちろん、断ったけど。」
「理由は?」
「受験でそれどころじゃないって。」

まぁ、無難だね。と言って、彼女は立ち上がった。
「有森君の恋は応援するけど、莉乃を悲しませたら許さないからね。」
「努力する。」
彼女は僕の答えに満足したのか、軽い足取りで階段を降りていった。
まだ、梅雨は明けていないのに、階段を降りた先の廊下の窓の外は、橙色に染まっている。僕は生ぬるくなった床から立ち上がって、大きく伸びをした。

「ごめんね。遅くなって。」
階段を駆け上がる足音と共に、莉乃が僕に向かって言った。
少し伸びた髪が肩近くで揺れている。
「そんなに待ってない。田中から伝言も聞いてたし。」
「部活に顔を出したら、引き留められちゃって。急遽杏奈に伝言お願いしちゃった。・・迷惑だった?」
「問題ないけど。」

彼女が僕の隣に立って、顔を見上げてきたので、僕はその場で腕を広げた。
胸の中に飛び込んできた彼女の背中に腕を回す。
誰もいないところで二人っきりになれる機会がなかなかなくて、下校する前にこの踊り場で待ち合わせて、会ったら抱きしめあうようにしている。
お互いの気持ちをどうにか形に表したくて、2人で話し合って、習慣にした。でも、これでも自分の気持ちが彼女に正しく伝わっているのか不安になる。彼女が僕たちの将来を思って、不安に思うのと同様に。

「莉乃。このままの状態で・・聞いてほしいことがある。」
「どうかしたの?」
自分の胸あたりから、彼女のくぐもった声が聞こえる。
「・・大学付属高校を第一志望にすることにした。」
「え?」
顔を上げた彼女は、目を大きく見開いた。

「もし、その高校に進学することになったら、寮生活になる。多分こちらに戻ってこれる時がそうないと思う。」
「・・・。」
「だから、中学を卒業したら、僕たちは。」
「待って。」
彼女は僕の背中に回している腕に力を込めた。

「その先はまだ言わないで。」
「莉乃。」
「今は今のことに集中しよう。まずは試験に受からないと。」
「そうだけど。」
「合わせて、たくさん思い出を作ろう。もし、別れることになっても後悔しないように。」

彼女の声がわずかに震える。
僕は唇を噛みしめて、泣き出した彼女の頭を抱え込んだ。

梅雨は明けていないのに猛暑です。体調が不安定な時に、この暑さは辛い。
高校受験をする中学3年生は、春から夏にかけて、志望校を決定するはず。受験も大切ですが、中学の思い出もたくさん作ってほしいです。

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