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【短編小説】君は過去になっていない。

「お互いのことを懐かしいと思えるようになったら、また会おうね。」

そう言って、君は僕の前で、泣きそうな笑顔を見せるから。
僕は「そうだね。」と答えることしかできなかった。

あれから、もう大分経つのに、僕は君に連絡を取れないでいる。


君のことは、あの時から何度も思い返している。
一人で過ごしている時とか、君が好きな俳優をテレビで見かける時とか、君が好きな音楽を耳にした時とか。

実際、僕たちは恋人同士だったわけじゃない。
仲のいい友達だったというだけで、特別な関係にあったわけでもない。

それから、環境も変わったし、僕の身の回りにいる人も、そして僕自身も、その月日の移り変わりに沿って、大きく変わっていった。いや、変わらざるを得なかった。

でも、こうして君のことを考えていると、何かが違っていたら、今も君は僕の隣にいてくれたんじゃないかと思う。君のその手を掴んでいたら、僕の今は違ったものになっていたんじゃないかな。

「また、お兄ちゃん。辛気臭い顔してる。」
僕の部屋に入って、頭をポンポンとはたいているのは、自分とは10も年の離れた妹。
「仕事うまくいかないの?」
「うっさいな。ほっといてくれ。」

たまの休みの日ぐらい、ゆっくり寝かせてほしいのに、朝早くから自分の部屋に勝手に入ってきて、だらだらと本を読んだり、ゲームをしたりしている妹に、僕は口調荒く告げた。
「おー。こわっ。」と言いつつも、表情が裏切っている。
折角、学生なんだから、もっと友達と遊んだりすればいいのに。

「そうだ。この前、香乃かのちゃんに会ったよ?」
「・・どこで?」
「駅前。友達と待ち合わせてた時に、声かけられた。」
「一人だった?」
「ううん。男の人と一緒だった。」
「・・そっか。」

ベッドにうつ伏せになって、枕に顔を埋める。
なに、ショック受けてんだ。もう、何年も経ってるんだから、当たり前だろう。僕たちは恋人だったわけでもないんだし。

「お兄ちゃんによろしくって。・・連絡先交換してないの?」
「してる。」
「じゃあ、私に言わなくても、直接言えばいいのに。変なの。」

妹は、こちらを見て、可愛らしく首を傾げた。その後思い当たったように、表情を変えた。

「そういえば、香乃ちゃん、家に遊びに来なくなっちゃったね。やっぱり就職して忙しいからかな?」
「お前みたいに暇じゃないからな。」
「私だって、忙しいんです。でも、お兄ちゃんの元気がないから、こうして声をかけてあげてるんじゃない。」
「嬉しいよ。ありがとう。」

僕の言葉を聞くと、妹は頬を軽く膨らませた。
「棒読み。心がこもってない。」
僕は妹の頭に手を載せて、優しく撫でた。
「本当にありがとう。」
「・・あのさ、お兄ちゃんが元気ないのって、香乃ちゃんのせい?」
妹の言葉に、手が止まらないようにしながら、自分の表情が強張らないようにしながら、口を開く。

「関係ないよ。」

自分にとって、香乃は仲のいい女友達でしかないはずだった。
あの時、彼女が告白してこなかったら、今も変わらない関係が続いていただろうと思う。僕はそれを断ったけど、断ってから逆に意識するようになってしまった。

おかげで、彼女はいつまでも僕の心の中に居座り続け、僕は彼女のことをとても『懐かしい』なんて思えない。『懐かしい』と思えるのは、相手の存在が過去になった時。過去にならない香乃のことを、『懐かしい』とは思えない。だから、僕は彼女に連絡が取れない。


いつきがベッドの上で、午睡をしている隣で、妹の沙織がスマホを操作していた。そして、のんきに寝ている兄の顔を見て、ため息をつく。

先ほど、兄に向かって話した香乃の話は、一部嘘だ。
駅前で会ったのは正しいが、彼女は一人だった。そして、兄の現状を詳しく知りたがった。香乃と会うのは久しぶりだったし、友達とはまた学校でも会えると思って、香乃と話すことを優先した。

香乃は、はっきりと斎のことが、今も好きだと言った。数年前に告白もしたと言う。その時、不甲斐ない兄はそれを断ったらしい。確かに香乃が家に遊びに来なくなった頃、兄の元気がそことなく無くなった頃と一致した。

2人とも、お互いを思う気持ちがあるなら連絡を取って会えばいいのに、最後に交わした言葉が、お互いを縛り付けている。2人のことが好きな沙織は、自分が2人の仲を取り持つのに、力を貸そうと決めた。だから、先ほど兄に香乃の話をして、様子を見たのだ。

「素直になった方がいいよ。お兄ちゃん。」

沙織はポツリと呟いた。

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