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【短編小説】声が聞きたかっただけ/有森・古内シリーズその14

雷が鳴り、急に雨脚が強くなってくる。せっかくの秋の3連休は、台風のせいで、どこにも出かけられなくなった。
とはいえ、私は一応受験生なので、出かけるにしても近場にしか出かけられないのだけれど。そして、台風が近づいていなかったとしても、外に出かけたかどうかも、実際のところは分からなかったけれど。

自宅の部屋で、机に向かって、受験対策の問題集を解いているところで、部屋のドアをノックする音が響く。答えると、母親が顔を出して、電話が入っていると言った後、ドアを閉めた。子機の呼出音で知らせればいいのに。方法が分からなくて、通話を保留した後、自室まで知らせに来るところが母親らしい。
私は部屋の棚の上に置いてある子機を手に取った。私はまだスマホを与えられていない。私と連絡を取るには自宅に電話をかけるしかない。

「もしもし。」
母は誰から電話がかかってきたのか言わなかったが、私に電話をかけてくる人はそれほど多くはない。母も知っている人なら、更に絞られる。
莉乃りの?今、平気?」
「うん。大丈夫。」
声の主は、同級生の有森理仁りひとだった。

「雨の音、凄いよね。今日が平日でなくてよかった。」
「うん、でも、せっかくの連休が台無しだね。」
「今、何してたの?」
「受験勉強・・。」
私の言葉を聞いて、彼は軽い笑い声をあげる。

「何?」
「そんなに頑張らなくても、莉乃の成績なら大丈夫でしょ?」
「理仁君に言われたくないんだけど。」
「他に休みにすることないの?」
「・・家にある本も読んじゃったしね。そういう理仁君は何してたの?それになんで電話してきたの?」

そう返したら、しばらく返事が返ってこなかった。
「理仁君?」
「莉乃の声が聞きたかっただけ。」
彼の言葉を聞いたら、急に顔が熱くなった。目の前に彼がいなくてよかった。私は手で顔を仰いだ。

「本当は連休中に一回くらい会いたかったけど。この雨じゃね。」
「どうせすぐに会えるのに。」
「足りない。」
「そう思うのは今だけだよ。」
実は、学校の行事に加えて、受験勉強もあるので、それほど暇ではないのだ。お互いに。

そして、来年の3月には卒業して、高校生になる。
別れが見えているから、私達はできるだけ会いたいと思う。彼もそうなんだろうと思う。

「莉乃。」
「なあに?」
「好きだよ。」
「どうしたの、突然。」
「少しでも不安が消せたらいいと思って。」
・・泣きたくなる。泣いたって誰に見られるわけでもないから、大丈夫だけど。確実に声に出ちゃうから、彼を心配させる。

「不安に思ったから、あの、花火した時、あんなことしたんだろ?」
「・・嫌だった?」
「嫌じゃない。驚いただけ。」
そう、彼は私のことを受けとめてくれた。時々彼の側にいると、自分の中から感情が溢れだす。暗さに乗じてしてしまったことだから、後で若干後悔した。でも、あの時でないとできなかったと思い直した。

「それで、莉乃が安心してくれるなら、何度でもするけど。」
「それは‥無理。」
「じゃあ、したくなったら言ってよ。待ってるから。」
「いつも、私からなのはずるい。」
「僕に任せたら、それこそ毎日になるから止めた方がいいと思う。」

そう言って、彼はまた軽く笑い声をあげた。
「僕は嬉しかったよ。莉乃もそういうことしたいって思ってるんだって分かって。」
「恥ずかしくなるから止めて。」
「僕も同じ気持ちだから、大丈夫だよ。」
そう言った後、彼はぽつりと漏らした。

「来年の4月なんて、来なければいいのに。」
「気が早い。」
「毎日そう思ってる。頭の片隅で。」
「・・。」
「あと、卒業式の日、どうなってるだろうかって。」
「私達2人が?」
「そう。」

私達はどこかの高校には合格するだろう。別々の高校に。
卒業式の日に別れを交わすのだろうか。
それとも、遠距離になっても付き合い続けようと思って、そう言い出すのだろうか。

「その時になってみないと分からないね。」
「結局、いくら考えても答えみたいなものは出なくて、寝ちゃうんだよね。」
「考えてもしょうがないよ。」
「分かってはいるんだけど。」
お互い黙り込んだら、彼の後ろからお兄さんらしき声が聞こえた。

「お兄さん?」
「そう。そろそろ風呂入れだって。」
「じゃあ、また明日にしよう。明日は私の方から電話する。このくらいの時間でいい?」
「うん。待ってる。また明日。」

電話を切りそうになる彼を、私は慌てて呼び止めた。
「理仁君。」
「どうしたの?」
私が彼の名を呼ぶと、間髪入れずに返答があった。
私と同様に、この電話を切りづらいと思っているから、受話器から耳が離せない。

そういえば、理仁君は、スマホなんだろうか。持っているのを見たことはないけど。

「あのね。私も好きだから。」
「・・・。」
「声を聞きたいと、会いたいと、思っているから。」
本当はいくら会っても足りない。ずっと話をしていたいと思うのに、それは叶わない。
話している内に、やっぱり涙が溢れてしまって、語尾が湿った声になった。

「僕も同じように思ってる。だから、泣かないで。莉乃。」
「・・本当だからね。」
「疑ってなんてないよ。・・こちらからかけたから、こちらから切るね。」
「うん、分かった。」
「切ってから、泣かないでよ。」
「・・分かった。」
「答えるまでに、間があったけど。」

結局、切るまでに、数分だらだらと話をつづけた後、ようやく子機を置いた。
こうして、私達の毎日は過ぎていく。

有森・古内シリーズも14を数えました。月一ペースで書けたらなと思って、続けていますが、中学校卒業(来年3月)までになるだろうと思ってます。あと、6回くらい?ちょうど20になるか。でも、これ以上進展しようがないんだな。この子達。

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