【小説】恋愛なんてよく分からない(仮) 第6話 絡む思い
第6話 絡む思い
カミュスヤーナは寝台の端で小さくなっているテラスティーネを見て、何度目か分からない息を吐いた。
彼女にかけられている魅了の術の対象を、カミュスヤーナに代えてからが大変だった。
食事を取るにも、こうして寝台に入るのにも、カミュスヤーナの指示がないと、まったく動かない。
移動時はカミュスヤーナの後を常について来ようとするし、カミュスヤーナが執務をする時は、足元で跪こうとするし、かといってこちらから彼女に触れようとすると、固辞される。
今も、自宅の寝室で就寝しようとしているのだが、一向に寝ようとしなくて困っている。
「テラスティーネ。だから、寝台は一つしかないのだから、ここで共に寝るしかない」
「ですが、カミュスヤーナ様。同じ寝台に寝るのは、恐れ多いです。私は床やソファーでかまいませんから、そちらで寝かせてください」
「それは容認できない。体調を崩されたら困る」
彼女は青い瞳を潤ませて、カミュスヤーナを見上げた。
「ですが……」
「ああ、もういい。これは命だ。テラスティーネ。寝台に横になって寝なさい」
「……はい。承知しました」
テラスティーネが大人しく寝台に横になったのを見て、カミュスヤーナは枕元の明かりの光量を絞った。
彼女は同じように寝台に横になったカミュスヤーナのことをじっと見ている。
カミュスヤーナは彼女の顔に、自分の顔を近づけた。
「テラスティーネ」
「は、はい」
「すまない。また君を危険に晒してしまった」
「カミュスヤーナ様の御身がご無事であれば、私の身など大したことではございません」
彼女が魅了の術にかかっていなかったとしても、口調は違ったとはいえ、同じようなことを言っただろうと思うと、自分が情けなくなってくる。
自分には力があるはずなのに、なぜ大切な者を危険に晒してしまうのだろうかと。
「カミュスヤーナ様。そんなお顔をされないでください」
「顔?」
「とても苦しそうな顔をしていらっしゃいます。お身体の具合でも悪いのですか?」
「……」
結局、君は、自分の心配ばかりしている。ひどい目にあったのは、君なのに。
カミュスヤーナは彼女の身体を引き寄せて、自分の腕の中に抱え込む。テラスティーネが胸の中で息を呑んだ。
「カミュスヤーナ様」
「テラスティーネ。お願いだから、どうかこのままでいてほしい」
彼女の耳元でカミュスヤーナは懇願する。
彼女はここにいる。とりあえずはそれだけで。
「はい。仰せのままに」
テラスティーネの答えに、カミュスヤーナは唇を噛みしめた。
「私は君を必ず元に戻してみせるから」
「……」
「どうか、私から離れないでほしい」
「私がカミュスヤーナ様から離れることなどありえません。カミュスヤーナ様から命を受けない限り、私は主のお側におります」
テラスティーネはカミュスヤーナの言葉に、生真面目に答えを返した。
カミュスヤーナは、手にかかる彼女の長い髪を撫でる。彼女はカミュスヤーナの命に従って、大人しくされるがままになっている。
本来であれば、彼女とこうして顔を合わせるのは、ひと月ぶりくらいのこと。
そばにいるのに、今の彼女はまるで赤の他人のようだ。
顔を合わせたら、したいことも、行きたいところもあったはずなのに、全てが夢で終わってしまった。
とりとめのない思いを巡らせつつ、「眠れるだろうか」と自問もしていると、思ってもいない言葉が彼の耳を打った。
「カミュス」
以前と同じように名を呼ばれて、カミュスヤーナは弾かれたように彼女の顔を覗き込んだ。
「心配しないで」
テラスティーネは、そう言って微笑んだ。
「テラ」
「私はここにいる」
「そう、その通りだ。君はここにいる」
テラスティーネは、花がほころぶように笑った。魅了の術にかかった時のような特有の笑顔。だが、これは多分違う。
寝る直前にだけ、彼女の本来の意識が浮上してきているようだ。眠気によって、術が弱まるのか、彼女の持つ力のためか、それは分からないが。
テラスティーネは瞼を閉じて、寝息をたてだした。
カミュスヤーナは彼女の顔に唇を近づける。
「おやすみ。テラ」
腕の中の彼女のぬくもりを感じながら、カミュスヤーナもその瞼を閉じた。
第7話に続く
サポートしてくださると、創作を続けるモチベーションとなります。また、他の創作物を読んでくださったり、スキやコメントをくだされば嬉しいです。