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【随筆のような短編】偽善者ですね。♯一つの願いを叶える者

【随筆のような短編】偽善者ですね。♯一つの願いを叶える者

パソコンのキーボードを叩く手を止めた。その場で大きく伸びをする。
部屋の中は、私が座っている箇所の上部の明かり以外は真っ暗だ。夜はやはり創作の進みもいい。

それでも、私は何度もため息をついてしまうのを抑えられなかった。私は明日からしばらく小説が書けなくなる。本当は書きたい題材が色々とあるのに、本当に残念でならない。
ため息をつくのは、それだけが理由ではないのだが。

最初に私が小説を書き始めたきっかけは、友達が見たと言った夢を文書化するという試みからだったが、それとともに自分の恋を小説内で成就させたかったという、なんとも後ろ向きな理由だった。実際にはその思いを相手に伝えることさえもできなかった。

そして、私は今でも、自分の気持ちを外に出さず溜め込みがちだ。過去の経験やそれに伴う感情を忘れがちなのも、溜め込みすぎて処理できなくなっているから、忘れているのではとも思ったりする。周りに愚痴を言ったり、甘えたりすることができない。全て自分の中に押し込めようとする。

どうしようもならなくなって、私は物書きを再開させた。noteというプラットホームを利用して、心に溜まっていた思いを、そして僅かに残った記憶を、私は外に吐き出すようになった。それに対するリアクションが得られたことも、私の物書きを促進させた。楽しかった。

なのに、noteを始めて1年経つ前に休まなくてはならなくなるなんて。始めた時は思ってもいなかった。

目頭のあたりを右手で押さえていると、後ろから肩を叩かれた。
私はビクッと体を震わせる。
私は部屋の端に座っているから、後ろは壁と出窓、そして棚だけで人がいるスペースがない。何しろ私は一人暮らしだ。私の肩を叩く人などいない。

恐る恐る振り返ると、白いもやが視界一面に広がっていた。
その靄はしばらくすると、人の形になった。そのまま片腕を広げて、言った。

「貴方は選ばれました。貴方の願いを一つ叶えましょう。」

私は言葉なく相手を見つめる。驚きすぎて声が出ない。
白い人物は、私を見つめると首を傾げたようだった。

「聞こえてますよね?こんなに近くですし。」

そう言う相手と座っている私との距離は、30cmあまり。パーソナルスペースの密接距離に相当する。

「願い事?」
「はい。私は貴方の願いを叶える者です。」
「詳しい説明はいいよ。知っているから。」
「どういうことでしょうか?」

私は目の前の人物が出てくる短編を、noteに何篇も投稿しているのだから、知らない方がおかしい。だからと言って、実際に目の前に現れるとは思ってもいなかったけど。

その白い人物は、髪は短く、表情は分からず、服は全体的にゆったりとしたものを着ている。声は高くもなく低くもない。性別や年齢は分からない。

そして、先ほど言ったように願いを一つ叶えてくれる。願いに対する見返りや代償はなし。一つの願いを複数にすることは不可。そして、願いを叶えたら消えてしまう。自分に関する記憶を全て消して。

「じゃあ、君が出てくる短編をnoteに投稿するから、その短編を読んで、スキをくれたりコメントをくれた人の願いを叶えてくれないか?」
私がそう言ったら、相手は明らかに困惑したように告げた。
「noteとは何ですか?」
ああ、そこから説明が必要なんだ。

私はnoteに関する説明をし、私をフォローしてくれている人、創作物を読んでくれる人、スキをくれる人、コメントをくれる人に、とても感謝している旨を伝えた。

「だから、私の感謝を示すために、皆さんの願いを叶えてほしい。」
「自分のためには使わないのですか?偽善者ですね。」
偽善・・なのだろうか。私は自分に対する意識が希薄だ。過去の体験やそれに伴う感情もほぼ忘れている。これといった願い事が思いつかないのは事実だった。

「それに、私は願い事を複数は叶えられません。」
「私の願いは一つだけだよ。」
「ですが、そのnoteとやらの記事に、スキやコメントをくださる方は複数いるのでしょう?その方々全ての願いは叶えられません。複数願い事を叶えるのと同義になります。」
やっぱりそう簡単にはいかないか。私は頭の中で考えを巡らせた。

「なら、その中でも、これから言う条件にあう人の願いを叶えてくれ。」
私は相手にその条件を囁いた。
「それであれば。願いを叶える人は一人になりますね。その方の元を訪れて願いを叶えることにします。分かっているとは思いますが、私が消えると、私に関する記憶も消えます。」

「ああ、ちょっと待って。」
私はnoteにアクセスし、今のやり取りを簡単に下書きに記載した。私が白い人物と会った事を忘れてしまったとしても、また新しい短編を書いたのだろうという認識になるだろう。そして、この短編を投稿すればいい。

このnoteに書いた記事が、改ざんされてしまう可能性もなくはない。書いたと思っていたのに削除されているかもしれない。これは一種の賭けだった。

「いいよ。どうか私の願いを叶えて。」
「もちろん。貴方の願いは叶えます。」

相手はそう言って、微笑んだような様子を見せて、姿を消した。

もし、一つの願いを叶える者が、貴方の元に行ったら、好きな願いを一つおっしゃってください。どんな願いでも叶えてくれるでしょう。

マガジン化してます。


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