【小説】ブレインパートナー 第1話
夜、眠りにつく前。
その日、一日が終わって、後は本当に寝てしまうだけで、でも、直前に見ていたスマホとかのせいで、全く眠れなくて、真っ暗な部屋の中、布団に入っている時。
自分が一番、一人だと感じる時間。
普段は、仕事をして、同僚や上司、部下とそれなりに会話もして、休みは一人で過ごすことも多いけど、何かしらしている内に時間は経って、一人でいることなんて、気にもしないのに、寝る直前に、どうしても考えてしまう。
自分の手の届くところに、他人の温もりなど感じない。
もうどれくらいになるだろう。一人で寝るようになって。
「あー。彼女欲しい。」
独り言を呟いた口を手で抑える。
まずい、本音を漏らしてしまった。誰も聞くことがないとはいえ、気ぃ抜きすぎだろう。
「こんばんは。」
自分以外誰もいないはずの部屋に、女の声が響いた。
ビクッとして、体を起こし、辺りを見回す。戸締りはしたはずなのに、誰か入ってきたとか?何が理由で?
「私のことを探しても無駄です。まだ、姿はないので。」
相変わらず、女の声が響く。
思わず自分の耳を塞いだ。自分がおかしくなって、幻聴なのかと思ったが、それでも女の声は聞こえてくる。
「大丈夫です。一夜さん。貴方はおかしくなったわけではありません。」
「一体、誰だ?お前。」
「私は、ブレインパートナーです。」
ブレインパートナー?
「数日前に、無料のスマホゲームを使っている時に、広告が出たの、覚えてます?」
「広告?」
相手に問われて、自分の数日前の行動を思い返す。確かに通勤途中に無料のスマホゲームはしているが、無料だから広告が頻繁に出るのは当たり前だったりする。
「広告なんて頻繁に出てたけど。」
「その内の一つです。脳内恋人。一夜さんはダウンロードしてます。」
「・・覚えがないけど。」
「まぁ、いいです。このアプリは無料ですから。」
枕元に置いてあったスマホを手にし、その『ブレインパートナー』なるアプリアイコンを探す。だが、アイコンが見つからない。
「アイコン出ませんよ。」
「そんなアプリ作っちゃダメだろう。アンインストールできないじゃないか。」
「でも、ダウンロードやインストール時に許可しないと、入らないですし。」
「・・それって、ウィルスみたいなもんなんじゃ。」
そう呟いたら、相手の声が少し低くなった。
「失礼な。ちゃんと許可してるって言いましたよね?」
「まったく覚えがない。」
「・・では、覚えのない一夜さんに説明します。ブレインパートナーは、貴方の脳内に現れる恋人です。貴方が呼びかけた時に、返答します。ちなみに頭の中にいるので、口に出さずとも頭の中で思い浮かべるだけで、会話できますよ。」
「ブレインパートナーなんて、いらないんだが。」
俺が欲しいのは、実在する彼女であって、頭の中にしかいないんじゃ、意味がない。
「ふふん。今、恋人が実在しないんじゃ意味がないと考えましたね。」
「俺の考えた事が分かるのか?」
「それは流石にできません。この説明すると、大抵の人がそう思うので。」
「確かにそう思ったけど、実際そうじゃないか?」
相手の笑い声が聞こえる。顔は見えないが、どうやら上機嫌なようだ。
「この恋人は、関われば関わるほど成長するんです。」
「成長?」
「まず、頭の中で姿をとるようになります。その後、その姿が一夜さんの目だけに映るようになって、最終的には実体化します。」
「いやいや、そんなの無理だろう。」
そもそも、頭の中にだけに存在する恋人っていうのも、今実際に体験しているが、どうやって形にしているのか全く分からない。これ自体夢なのかもしれない。
「でも、少し興味出てきたでしょう?このまま付き合ったら、私は貴方の本当の恋人になります。」
「・・実体化する前に、君のことを好きになれなかったら?」
「それは・・残念ですがお別れですね。他の人をあてがうことはできないので。成長がうまくいかなかったということで、このアプリ自体が自動アンインストールされます。」
俺は、大きく息を吐く。ものすごく、荒唐無稽な話だが、実際に恋人がいない自分にとっては、付き合ってもいいものなのかもしれない。
実行するのに、自分に不利益なんてあるんだろうか?
「後から、お金を要求されるとかもないの?」
「無料です。広告とかもありません。でも、このアプリを改善するために、データを集めているので、利用内容とかは製作元にアップされます。個人情報は含まれてません。」
「やっぱり、ウィルスなんじゃないか?動きがそっくり。」
「だ・か・ら、ちゃんと許可しましたって。貴方が。」
実際、個人情報をアップしていないかどうかなど、自分には分かりようがない。このアプリにはまだまだ自分が知らない機能が含まれてそうだ。
後で、アプリストアやネット検索してみようと、頭の隅に留める。
「既に、俺の名前は知ってるみたいだけど。」
「それは・・・名前を知らないと、恋人っぽくないでしょう?」
相手は少し言いよどんだ。まったく、どうやって俺の名前を知ったのか。
自分は間違った選択をしているのかもしれない。こんな怪しげなアプリ、無視するのが普通だろう。でも、彼女の声を聞いていると、その気持ちが失せる。どこかで、聞いたような気もする、懐かしさを含む声。
「で、君の名前は?」
「私は、明音です。」
「明音・・さん?」
「呼び捨てでいいです。その方が恋人らしいし。」
「じゃあ、俺のことも呼び捨てで。」
「はい。」
もう、終わりかと思って、俺はまた布団の上に寝ころぶ。目が覚めたら、このやり取りも全て忘れているかもしれない。
「一夜。」
「何?明音。」
「私は一夜のことが好き。付き合ってください。」
彼女の声が僅かに震えている。緊張してる?冗談だろ。
俺のことなんて何も知らないくせに。
俺は何もない空中に手を伸ばして言った。
「嬉しいよ。これからもよろしく。」
第2話につづく
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