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【小説】ブレインパートナー 第11話(最終話)

大分風が冷たくなったと、自分の髪をなびかせる空気を感じながら、俺は何度目か分からない息を吐く。海が望める公園には、数多くの人が集まっていた。家族連れや恋人同士と思われる人々が、思い思いの時を過ごしている。流石、休日だ。

俺は公園の隅のベンチに腰かけて、ずっとその様子を見つめていた。待ち合わせ時刻はまだ先だ。家で待っていられなくて、早々はやばやとここに来てしまった自分が悪い。

ブレインパートナーのアプリの使用停止が告げられてから、俺はすぐに『三輪みわ明音あかね』に連絡を取った。俺の方から連絡をしたのは初めてで、相手は大変いぶかしがっていた。ただ、俺の話を聞くと、何かしら思うところがあったのか、渋々と言った様子で俺の願いを聞いてくれた。

ただ、実際、今日になっても、俺はその話が反故ほごされないかと気が気でない。もしかしたら、俺はここで一人待ちぼうけを喰わされるかもしれない。待ち合わせ相手に今日のことが伝わっていない可能性だってある。実際に俺は相手と話したわけではないのだから。

別にブレインパートナーの話を打ち明けたわけじゃない。
俺は彼女に伝言をお願いしただけだ。
前回、『三輪明音』のふりをして、俺に会った彼女・・に、もう一度会って話がしたいと伝えてほしいと。

待ち合わせ時刻のちょうど20分前。俺の前に一人の人物が立ち止まった。
三輪明音と同じ面立ち。だが、前回会った時とは、髪形と服装が違った。
これが本来の彼女なのだろう。相手は、俺と視線を合わせると、ぎこちない笑みを浮かべた。

「初めまして。」
「・・初めてじゃない。」
「でも、この姿で会うのは、初めてです。冴島さえじまさん。」
「・・一夜いちやでいい。君のことは何て呼べばいい?」

彼女は俺の言葉に考えるように間を置いた後、口を開く。

優日ゆうひと。ブレインパートナーの貴方もそう呼んでました。」
「優日。」
「はい。」
「聞きたいことがたくさんある。」

彼女は、俺の言葉に悲しげな表情を浮かべる。でも、軽く頷いた。

「それは・・当然でしょうね。」
「座って。長くなるから。」

俺が自分の隣を軽く叩くと、彼女は素直に俺の隣に座った。彼女の表情は硬いし、口調からも堅苦しさが取れていない。あれほど聞きたかった声なのに、俺の耳にもまだ初対面の人と話しているかのように響く。

自分のバッグの中から、ペットボトルの紅茶を取り出して、渡す。彼女は礼を言って受け取ると、俺の顔をじっと見つめた。話の先をうながしているような様子に、まず何から聞こうかと、思考を巡らせる。
実は家にいる時も、色々と考えてはみたものの、結局、聞きたいことがあり過ぎて、まとまらなかった。

しばらく無言で見つめ合うことになってしまった。
彼女は飽きることなく自分の顔を見つめていたが、あまりにも口を開かない俺に痺れを切らしたのか、緊張が緩んだのか、失笑し始めた。俺はその笑みを見て、ますます胸がいっぱいになって、言葉が出せなくなる。ここまで、自分は情けなかったのかと、口をてのひらで抑えた。

「一夜。私は貴方のことを騙しました。2回も。」
「それは、この間会った時と、ブレインパートナーのことを言ってる?」
「だから、怒るのは当然です。」
「・・自分は騙されたとは思ってないけど。」
「でも、私の事怒ってるでしょう?」
「怒ってるとすれば、別のことかな。」

彼女は、俺の言葉に首を傾げた。

「優日は、俺の事好きにはなれなかったの?」
「・・いいえ、好きになりました。」
「お互い好きなのに、なぜ別れる話になったのか。それが分からない。」
「私は一夜のことを騙したのに、付き合い続ける訳にはいかないと思いました。」

「だから、騙されたとは思ってないのに?」
「私は自分に自信が持てなくて、明音あかねちゃんの容姿ようしを無断で借りました。それに、会えないことに不安になって、彼氏以外の人と2人で会おうとした。それは一夜を裏切る行為ではないですか?」

それを言ったら、優日と恋人になってからも、三輪さんと会っていた自分も、優日を裏切っていたことにならないか。お互い様なような気もする。
その行為をしたことで、直ぐに『裏切りだ。だから、別れる』となるのは、俺たちのコミュニケーションが不足していたからじゃないか。俺は、彼女の自信のなさや不安を汲み取ってあげることができなかったし、彼女がそれを打ち明けられるほどの信頼を得られていなかったのでは?

むくむくと心の中に湧いてきたものは、自分に対する怒りだった。

「一夜?」

押し黙って、固い表情になった自分に、何か感じたのか、優日が顔を近づけて名を呼ぶ。手を伸ばせば触れられる場所に彼女がいる。感情のまま彼女の肩を引いたら、力が入ったのか、彼女が軽く「痛い」と呟いた。そのまま、彼女の体を抱きしめる。

「優日。ごめん。」
「・・なんで、謝るの?」
「優日が言う裏切り行為をさせたのは、俺が信用できなかったからだろう?」
「・・・。」
「俺がもっとしっかりしてたら、君はそんなことしなかったはずだし、直ぐに打ち明けてくれてたはず。だから、全部俺のせいだ。」

自分の言葉に、彼女は身じろぎして、顔をあげようとした。でも、俺はその顔が見られない。

「違う!一夜は悪くない。」
「言い訳のように聞こえるかもしれないけど、俺が好きになったのは脳内恋人ブレインパートナーだった明音で、つまりは君だ。その姿とかは関係なくて、何ならそれ以外の話してくれたことが嘘だったとしても、俺が好きになったのは優日なんだ。」
「・・。」
「それだけは、信じてほしい。だから。」
「・・。」

自分の声に、嗚咽おえつにじむ。腕の中の彼女の体が震える。

「別れるなんて、言わないで。」

「・・一夜。私は自分が許せないの。」

自分の腕の中で、涙に濡れた顔をあげる彼女と、視線が合った。彼女の言葉に、じわじわと自分の心が絶望に侵食されていくのが分かる。

脳内恋人ブレインパートナーの一夜も同じように私に言ってくれた。私が私でなかったとしても、それでも好きだと。本当の恋人同士になったらしたいことを、たくさん話し合った。私が別れを切り出した時は、なぜ好きなのに別れないといけないのかと、何度も聞かれた。全ては姿を変えて脳内恋人ブレインパートナーを作り出した、あるがままの私で向き合わなかった、私のせいなの。」

「・・・。」

「だから、脳内恋人ブレインパートナーの私とは、別れてほしい。」

「それはっ。」

「でも、私は一夜のことが好き。」

「・・。」

「私、優日と付き合ってください。」

「・・。」

「断ってくれてもいいから。」

彼女の声は震えている。最初に知り合った時と違うのは、彼女が自分の腕の中にいるということだった。俺は、彼女の目元に手を伸ばし、その涙を指先で拭う。涙の温かさに戸惑いながらも、その告白にこう応えた。

「嬉しいよ。これからもよろしく。」


【あとがき】
番外編は書くかもしれませんが、「ブレインパートナー」本編は、これで終了です。長い間、中々更新が進まない中、読み続けていただきありがとうございました。

知り合おうと行動すれば、どれだけ距離が離れていても、物理的にきっかけがなくても、恋愛相手を見つけることができる世の中ですが、結局のところ、お互いを結び付けていくものは、お互いを思う気持ちでしかないという、分かり切ったところに落ち着いてしまいました。

恋愛に限らず、相手を思いやる気持ちって、とても重要。自分のことばかり考えても、うまくいかないものだったりします。だから、疲れるけど、これからも人と関わる上では、大切にしていきたいと思ってます。

説那せつな

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